無彩の白と無垢の白
────白。最も自由で、最も不自由な色。
色で在って彩は無し、自らで無垢に線を引くこと叶わず。
それは受動のみぞ赦される平原。受け入れることを義務とする虚空。
際限なき可能性の代償は、際限なき役割の到来と責の刻啓。
即ち此の身は、無意味の具現。
意義在りて意味問われず、忌を寄せ付けぬ色味の抜殻。
染まらねば見えず、染められたなら視えず、曖昧な自己は今や何処。
尊き世界よ、愛しき女神よ。
願わくば、空虚な此の身が夜に眠る時。
どうか優しき彩を以って、意味を擁さぬ夢を見せてくださいますように。
◇◆◇◆◇
「──────ッ、………………が、は……っ!」
なにをされたのか全てを瞬時に理解したからこそ、一切の理解が及ばなかった。
ご丁寧に〝名〟を詠まれずとも識っている、今や我が身と成った技巧。合わせた拳から無挙動で押し寄せ迸り染み渡る、致命の震動撃。
結式一刀、無刀術《震伝》。
極まれば撫でる指先一つで巨岩をも砕く【剣聖】の技が、今は俺だけが受け継ぐはずの技が、俺たち以外の者から唐突に齎されるという有り得ない現実によって、
生命が、散る。
しかし、
「────、」
「────……‼︎」
鮮血代わりに空間を彩るダメージエフェクト、それはイコール『死』ではない。あくまでも死と敗北に近付いたことを意味する演出に過ぎない。
視界端、捉えた生命残量《HP》は一割以下。つまり────
まだ生きているから、まだ負けていないということだ。
合わせた拳を払うと同時、震脚。接地した左足を更に踏み込み、流し込む力圧で以って床を割る。常態的に備えてある『廻』の出力は先の被弾で吹き飛ばされた、ゆえに全力全開には遠く及ばないが無いものねだりをしている暇も無い。
強引に気合いを入れ直すと共に、僅か一歩のみ下がってくれたなら十二分。
然して、刹那に次いだ刹那の間隙。
二十余りの予備動作を注ぎ込んだ〝脅し〟即ち瞬時の情報爆撃が通ったのか、はたまた通してくれたのか知る由はない。余計な思考など蹴飛ばして────動け。
「ッ────!」
瞬時遂行。攻撃ではなく移動に費やした予備動作の出力で以って運んだ身体、掴み取るは宙に飛んだ右腕。そして再び、高らかに響き渡るは藍く澄んだ破砕音。
【藍心秘める紅玉の兎簪】内包機能『藍玉の御守』起動。解放される奇跡の力、高位水魔法《水誠嘆願》が秘める役割は────状態異常の、即時解除。
部位欠損消去、右腕接着。
仮想の感覚に迸る違和感および甚大な痺れは悉く無視して────
「〝繊奏百行〟」
空間制圧手段、一斉解放。
取り戻した右腕に宿る【九重ノ影纏手】の半無制御濁流操演、併せて蛇口全開ぶっぱ並びに顕現魔力限界放雷。技も何もあったものではないヤケクソの返し手が、
「……うん」
驚く様子も焦る様子も無く、ただ無感動に頷いた真白な〝敵〟を押し流す。
影糸も、水波も、雷糸も、何一つとして触れてすらいない。ただ後退を選ばせたという事実により結果として『押し流した』だけ。
────そして、返す返す次の瞬間。
「《メイルストロム》」
唱えられた次弾の『有り得ない』が地を這う洪水を奪い去り、空を駆け瞬く雷の糸を掻き消しながら渦を巻く。然して収束する大禍は掲げられた白腕の先に宿り、
「────《爐》」
投げ返される直前、全ての動作と並行して搔き集めた出力を籠めて俺が放った剣閃により撃滅。『内』と『外』のみならず、今や従えた純粋魔力をも併せて真っ向から非実体に干渉可能となった必殺の剣が、形無き〝水〟を掻き消した。
…………さぁ、
「────ッ……ふ、はぁッ……!」
「…………。うん」
漸くの、ブレイクタイムだ。
開いた距離、おおよそ二十メートル。即ち無いに等しい事実上ゼロ距離にして、おそらく故意的に静止の意を纏った〝敵〟の様子だけが許された暇の判断材料。
意図は不明、アーシェが表情豊かに思えるほどに能面のような〝無〟からは一抹の感情さえも読み取れない。────ただ、今すべきことだけは明確だった。
「ロッタ、助かった。後は任せて引き返せ」
それ即ち、振り返ることもなく『相方』に撤退を促すのみ。
「……、ハル」
然らば、背中に返ってくるのは納得の息遣い。仄かに悔しさは滲ませながらも、俺が止むなく下した〝判断〟を択ナシと認めた合意の気配。
────既に大戦果は果たしてくれたんだ。気に病む必要は一切ない。
【藍心秘める紅玉の兎簪】の致命無効を散らされた上で受けた次撃により、ただでさえ腕諸共に少なからずHPを持っていかれた状態で喰らった震動撃。
本来ならば、生き残れたはずがない。
であれば、なぜ今こうして命を繋いで『お見合い』まで持ち直せたのか。
それは、俺を殺し切る威力を伝える前に〝敵〟が行動を途絶えさせたから。
まるでフリーズしたPCの如く……事実として、処理落ちした情報機器のように。ロッタの魂依器【天識を攫う業瞳】による絶妙な差し込みが
「……成程。『情報の読み取り』という権能に意図的なエラーを起こすことで、何者にも処理不能な『無存在情報』を造り出し互いの思考を無意味で埋める技」
「「…………」」
……差し込みが入り、生き延びた。
その真相を、またも有り得ない正確な理解によって〝敵〟が語る。
「素晴らしい。これも私どもでは思い至らないであろう、法から外れた発想」
男とも、女とも断じ難い、フラットな声音。やはりアーシェのソレと比べれば一切の温度を感じ取れない語りから受け取る印象は、失礼ながら『不気味』一択。
【見識者】が奥の手として持つ『瞬間相互強制無意識硬直』のカラクリ……つまるところ〝あらゆる存在の情報を読み取る〟魂依器の性質を悪用もとい転用して意味のない情報を生み出した上で強制的に分かち合い、読み取った側と読み取られた側の思考を埋め尽くして行動を途絶えさせるという意味不明。
そんな無法までも識ったように語ることで、印象は更に加速する。
その身に宿すのであろう〝性質〟を、避け得ず、読めてしまう程度には。
「…………行け、ロッタ。択ナシだ」
「……わかった」
即ち、二人組の活かし時。
緊急時に際して、片方だけでも帰還に挑める組み合わせ。まあ俺とロッタの場合、どちらかと言えば俺が生存優先の帰還役を務めるはずだったが……──
「武運を祈るよ」
「安心しろ。大体わかった、ただじゃ死なねぇ」
重ねて、仕方なし。
いきなりこんなバケモノが登場するなんてのは誰も予想できなかったのだから、察するに望めない最善は捨てて次善に切り替えるしかない。
然して、勘の通り────
「…………で、俺だったら追ってた感じかな?」
「……うん」
最初から俺しか眼中にないとばかり。ただひたすら俺だけに向けられていた真白の瞳は、躊躇わず背を向けて来た道を駆けて行った相方を映すことなく。
当然のように問いを肯定して……微笑みも愛想も持ち得ないと言うように。
「────〝千憶〟のイオ。此の身は、稀人に己を見せるため在る写し鏡」
姿と同じ真白な表情で以って、予想に違わぬ自己紹介を律儀に演じると共に。
「……【曲芸師】を経て【星架】へと至った【Haru】よ。青の子にして赤の子たる、稀人にして渡り人よ。輝かしき白に縁を描く、星々の架け橋にして繋ぎ手よ」
空の両手に、イオと名乗った〝千憶〟が────〝紅〟を二振り、喚び納める。斯くして、見間違いようもない『小兎刀』を我が物が如く自然体に従え提げて。
「世界のために、女神のために……そして、其方の刻む道行きのために。全ては罪ある未来のために────此の身は其方を以って、其方を下す」
彼あるいは彼女は、厳かに、再び一歩を踏み出した。
先の挨拶代わりに殺された奇襲は無意味と判断したのだろう、今度は見えるように……つまりは、同格を相手にする場合の俺と同じ思考。
斯くして独白めいた語りも取り零さず、目前の存在に対する理解を深めながら。
「────ッハ、申し訳ねぇけどなぁ……」
俺は、臆さず強がりの笑み一つ。
あぁ、これ多分マジで勝てねぇなという確信に等しい直感から、逃げるためではなく攻めるためにこそ全力で目を反らしながら────スイッチ。
「なにを仰っているのやら、欠片も理解が及びません」
〝お色直し〟をすると共に、意識の種類とギアを切り替えて。
自らへの鼓舞を両立させて至極丁寧に煽ると同時、迷わず地を蹴飛ばした。
それでは六章第五節、張り切って参りましょう。




