星に願いを
そして、侵攻開始より暫くが経った頃合い。
「──────……」
四点に構えられた陣地それぞれに輝く〝拠点核〟の前。
無言で場に在る静謐な気配が、僅か一つと……。
『あーあーあー、これは酷い。もう期待以上程度じゃ済みませんねぇ』
『いまだに一人も討ち取れてないってマジぃ?』
『素晴らしいではありませんか。誠に頼もしい限りで────』
『頼もし過ぎて怖いんですよ、わかっていたことではありますが……』
『やはり違う存在ということか。我々では成し得ない、その在り方』
『総合的に考えれば、進化の道的に僕らが上位のはずなんだけどな』
『それはそれ失って優れるのが進化というものですよ』
『失礼ながら皆様、今に際した会話をした方が良いのでは』
『とはいっても』
『なにをです? 期待以上、以上でいいんじゃないんです?』
『それは勿論、良くないね』
『お前は相変わらず馬鹿だなキサリカ』
『なんです? 喧嘩を売っているんです?』
『じゃれ合いは止めろ、鬱陶しい。期待を遥かに上回っているということは……』
『えぇ、我々では大した〝試練〟に成り得ないということ』
『セプトラが秒殺ってなぁ冗談キツいぜ。一桁台を一捻りかよ』
『ねぇ、結局オティアの奴は一体なにで負かされたの?』
『聞く前に、貴様は記録を見ろ。〝恐怖〟を司る概念心器だ』
『あぁーアレか。なんか、あの……そう、あれ。黒尽くめでチビな少年君の相棒』
『不敬ですよルトア』
『最近、遜りすぎるのも良くないよねって誰かが言ってなかったっけ?』
『ここにも馬鹿がいるな。遜るなってのは、侮れって意味じゃぁねんだよ若造』
『僕のが数字は早生まれなんだけど???』
『精神性の話でしょうや』
『……失礼ながら皆様、今に際した会話をした方が良いのでは』
音もなく溢れる、無数の声。
────重ねて、四点に構えられた陣地。それは四角に対する菱形あるいは、菱形に対する四角、外側に置かれた二枠目の……地中深くに在る、戦時拠点。
攻め入る道を開通させるために差し向けた〝農耕機〟により繋いだ長大な洞穴、その終端あるいは始点である整えられた小さな空間の只中。
在るのは二つ。輝きを放つ拠点核と、
「…………」
沈黙を湛えるまま、その光に照らされる人影だけ。
首の後ろで束ねられた真白な長髪を特徴とする、スマートなシルエット。美少年とも美少女とも美男とも美女とも見て取れる、瞑目したままの端正な容姿。
纏う衣は、白い髪と肌に対極を成す黒。
戦衣と呼ぶには迫力が無く、常衣と呼ぶには雰囲気が過ぎる。青銀と赤金の刺繍が緻密な紋様を描く外套に、飾り気のない内着。……そして、
力まず下げられた空の両手の中を含め、武装の類は一つも持っていない。
彼、あるいは彼女は、髪と同じく真白な長い睫毛を伏せるまま。眠っているかのように、頭の中で賑やかな会話を続ける千の声音を聞き流し続けて────
『『『『『 〝 イオ 〟 』』』』』
「……────はい」
不意に揃い届いた幾つもの呼び声に、高くも低くもない機械的なまでに澄んだ声音で静かに答えた。それと同時……開かれた眼は、これも色を同じく真白の様。
『遺憾ではありますが、どうあれ我々が示すべきは変わりません』
「……はい」
『流石は稀人様方。我々の多くは、神域へと至るような輝きに敵わない』
「……はい」
『つまり、結局のとこ予定通りってことだ』
「……はい」
『お任せしますよ、イオ。貴方の役割を、今こそ果たす時です』
「…………はい」
その真白が、見開かれた瞳が、永い暗闇を経て映した姿は────
「────っ、とぉ?」
期せずして、同じ。
髪の色や肌の色が、という意味ではなく。その奥底にある色が、自分と同じ。
あぁ、そうか、成程、と。
『予定通り。稀人の頂点に連なる星を一つ、落としてください』
「はい」
納得して然り、これが〝星〟と。
種族意志による作戦司令を受領するまま、自らが待ち受ける陣地へと辿り着いた〝彼女〟……否、輝かしいばかりに真白な魂を持つ〝彼〟を、視界に映すまま。
「────ッ、ロッタ!」
「どうぞ思い切り! 背中は預かるよッ!」
見事な速考、迅速な状況判断能力、端的かつ的確な意思疎通。
……『稀人』特有の、自分たちには決して真似できない最大の強み。
戦いを真に戦いと捉えず臨めるからこそ、最も効率の良い僅かな緊張で、どこまでも柔軟かつ『実戦的ではないからこそ実践的な思考』を披露する姿に────
「……うん」
世界と女神が微笑むであろう、望まれた姿に。
「美しい」
全く同じ色の輝きにて、全く違う意味を宿す〝白〟は、呟いて。
次の瞬間、瞬いたのは鮮烈な赤。そして響き渡るは、些細な宝飾の破砕音。
「────……は」
腕が宙を舞い、取り残された身体から零れ落ちる無理解の音。
一度目、首を断たれて命。
二度目、心臓を逃がして左腕。
意図しての回避ではなく、識る限りでは無意識の生存。
凄絶な美貌の少女を纏う青年は、音もなく距離を殺して目と鼻の先に現れたイオを────〝千憶〟にて『一人目』の名を冠する役割遂行者を、漸く捉えた。
そして、命一つを代償に反応。
刹那の内に奪われたモノを驚くべき速度で理解して、残された右腕を全くもって正しい動きで奔らせる。つまり、手の届く〝致命〟に対する反撃策としての拳。
咄嗟かつ、最短最速にして最善の合理。
そして籠められているのは、自分と同じく矮小な一つの身で『よくぞ』と讃えるしかない莫大な〝力〟の圧。────然して、解答に対する更なる解答。
同じく放った最短最速にして最善の合理が、術理も技巧も籠められた力の何もかもを同じくする右の拳が、彼の反撃を百と百の衝突で欠片も残さず相殺。
そして、
「────結式一刀」
それを呟いたのは、彼ではなく。
「《震伝》」
それを成したのは、彼ではなく。
合わさり静止した拳を伝い、突き抜ける衝撃が襲い掛かったのは────
「──────ッ、………………が、は……っ!」
当然の困惑と驚倒に目を見開くまま生命を散らす、稀人ただ一人であった。
といったところで六章第四節、これにて了といたします。




