10 minutes before
────【剣ノ女王】が駆け出したのは、即時。
視界の端にて小隊員の一人……【剣聖】のHPが削れた瞬間のことだった。
「ッ、どうした、なにがあった!?」
「アイリスっ!?」
然して背中に届くはゴルドウ、追うはヘレナそれぞれの驚声。けれど振り返ることも止まることもなく、指揮所を飛び出したアイリスは迷いなく。
「戦争相手は〝千憶〟のNPCよ。ソラが不安、東に行く」
繋いだ念話でヘレナに確信を告げるまま、断じた行き先へ身体を運んだ。
────通路の開通工事お披露目から始まり、続いたのは例外なく何かしら『装備品』を身に着け現れた画一的なエネミー部隊。発射音、振り注ぐ砲弾の雨、本命を隠す偽装工作、四年を経てプレイヤーの知識にない未知の技術品、システム障壁という〝女神の力〟を利用した事実、そして変わらぬ四柱〝戦争〟という名称。
幾つもの手がかりが結びついた結論は、他ならぬ【剣聖】の被弾という常ならざる状況が最後の後押しと成りて……『ありえない』を蹴飛ばす確信を、齎した。
並べて顧みれば、あまりにも、わざとらしい。
おそらくは間もなく誰もが答えに辿り着く。自力でなくとも、今まさに訪れた状況が報せとなって知れ渡る。ゆえに時間を使い説明を置く必要はないと判断。
そうして────理性から来る合理が九割強、残る一割弱の個人的な情……つまりは単純な心配を理由に迷わず駆けてしまったアイリスが、
「……ッ、ソ──────」
現着。
その手に『剣』を顕しながら、辿り着いた東陣地で目にしたのは。
「────………………ラ」
「ふぁっ、ぇ、あっ……と、アイリス、さん?」
舞台の……戦闘の只中という意味合いを掛けた、舞台の脇。
つまるところ、まさしく今この瞬間か数瞬前に始まったばかりと見える〝剣戟〟から離れた位置でポカンと呆けて立っている、少女の無事な姿であった。
そして、
「ぇどったの姫様。らしくない爆慌てだったじゃん」
「……大丈夫?」
その両脇には、これまた無事。
緊張の欠片もない様子でソラに寄り掛かり、甘えているミニサイズが二人。揃って首を傾げ、文字通り秒速急行を果たしたアイリスに驚いていた。
「………………いえ」
瞬間、避け得ぬ拍子抜け。
「……そうね。東だった」
「「???」」
即ち、平穏。
陣地内部に戦を抱いて、呆れるまでの平常運転。
手を余らせている特記戦力三人から、再び『剣戟』の方へ目を向ければ……。
「うぉっははHAHAやっぱ強ぇえッ! 油断したら殺られるッ‼︎」
「しっかしまぁアレよ戦いは数だよ〝千憶〟様ァッ!!!」
「悪いなアンタ普通にメチャ強いから正々堂々一対一は無理なんだわ!」
「なにがどうしてスキル無しでもそんなつえーんだよマジリスペクトぅ‼︎」
「ともあれ俺らの天使に不意打ち仕掛けようとしたのは許さんけどなぁッ‼︎」
「囲んで殴れば準序列持ち級の戦力とてぇ……ッ!!!」
「────いぃっや……ッ! だから『東』は嫌だって言ったんだよぉッ……‼︎」
在る光景は、そんなこんな。
ちょうど小隊一つ分の六名に囲まれながら果敢かつ哀れな奮闘劇を演じている、赤髪の青年二刀流剣士────重ねて哀れな、推定〝千憶〟の姿であった。
「…………………………」
「あ、アレぇ? アレはさぁ」
「……ん。いきなりソラちゃんの近くに現れたところを、ロッタさんが捕まえて」
「ぶん投げられて着地して、次の瞬間には暴徒の群れに囲まれたよね」
「かわいそう」
「妥当じゃね? ねーソラちゃーん」
「いえ、その、えっと……」
然して、なにを言うべきかと。
思いの外、自分では一割弱などと判断していた以上に、咄嗟の焦りがあったのかもしれない。向かうと断じた場所に溜まるアレコレを本当に冷静に思考の内へ含めていれば、こんな突っ走るような真似はしていなかったはずと。
遅ればせ、気付かされ……無表情の下。ほんのり浮かびかけた恥を、誰にも知られることなく密かに飲み込むアイリスを他所に。
「────傍にいて、反応できて良かったよ。お節介だったと思うけど、ね?」
話を聞くに、絶妙な位置で当事者となったのだろう。同じく傍にいた【見識者】がソラに笑い掛け、対する少女は「いえ、そんな……!」と微笑ましくアワアワ。
「…………………………………………そ、そう」
斯くして、なんだこれは、と。
あまりにも〝らしい〟イスティアっぷりのせいで、仮にも緊迫した状況の最中に霧散しそうになる緊張感を留めようと……静かに、秘めやかに深呼吸。
────まあ、いい。状況は悪くない。
対人不得手……PvPに特別な忌避感を持っていると思しきソラが、同時に相手側から見た『特筆すべき無法戦力』である事実を併せて、実際【剣聖】が被害に在ったのと同じく、何かしら火の粉が降りかかるものと判断したゆえの独断専行。
そのため当のソラが無事で、ついでに……──もとい、ソラに等しく〝敵〟にとっての超戦力である『東の双翼』も共に無事というなら文句はない。
ツッコミどころは無限にあるが、文句はないのだ。
留まることを知らないフェーズの推移に、ここまでと同じく対処適応するのみ。然らば次点、繰り上げで目下最大となった進行中の懸念事項へと……。
「……ん。あっちも、大丈夫そうね」
目を向けた、その瞬間。虚空より滲み出る黒一色。
瞳に映る光景に先程までとは色味の異なる微笑を湛え、アイリスは今度こそ気が抜けていくのを見逃した。────妬いてしまうが、予測通り。
師のことは、弟子が助けに行くと察していたから。
そして、やはり状況推移は待ったナシの立て続けに。
「────ッ、皆さ……っ! ん……………………、ぁ、えーと……?」
アイリスから数十秒遅れにて、想い人の弟子あるいは生徒あるいは後輩(?)が現着。諸々を察するのは容易、おそらく何かしらの指揮伝達を託されて来たのだろう使命感に満ちた可愛らしい顔が数秒の間に困惑で染められていく。
止め処なく、場は混沌。
「うわぁあぁあ誰か早く助けてぇえッ! 稀人様が襲ってくるぅうぅッ!!!」
不意打ち急襲あわよくば特記戦力を道連れにする隠密特攻兵……大体そんなところと思しき〝千憶〟の英傑は泣きごとを叫びつつも、彼の言うアレな『東』の最精鋭複数を同時に相手取り卓越した技巧を見せ付けるまま拮抗中。
「「「「「「先に襲ってきたのはアンタなんだよなぁッ!?」」」」」」
今戦争では、序列持ち枠に等しく蘇生不可。後がないルールを背負っているゆえ、賑やかに騒ぎつつも慎重な立ち回りで堅実に仕掛けるイスティアの勇士たち。
「うぉあー、もう、マジ、初期の四柱を思い出すわぁ」
「手探りの混沌感、疲れる……」
自分もソレに『宿敵』として一役買っているとはいえ、戦場という修羅場に慣れ過ぎてしまったのだろうマイペースを手放さないミィナとリィナ。
「って、あ、れ……っ!? あ、あのっ、アイリスさん! ういさんが────」
「……大丈夫よ。見ての通り、あなたのパートナーが何とかする」
そして怒涛の如く流れていく状況に、初々しく目を回して流されていたのだろう。遅れに遅れてアイリスの視界のソレと同期しているUIから小隊員の被害に気付いたソラが、本当に今更ひどく驚いた様子で慌てだすものだから……宥めつつ。
一拍の余裕を糧にしつつ、改めて息を、
「──────────────っ、え」
そして意気を、整え直そうとした。まさにその時だった。
ただ一度の瞬きを経て、様変わりしていたのは足元。
極僅か、絶妙な隙。それは偶然か必然か、見計らわれたと思わずにはいられない、途切れそうになっていた警戒心を改めて繋ぎ直そうとした一瞬の隙間。
足元に浮かび上がった、幾何学模様。
それ即ち、魔法陣。
「──────」
もう遅い。そうと直感で理解してしまいながらも、思考は回る。
────規模、大きい。直径おおよそ五十メートル余り。
────輝き、強い。迸る魔力の予兆は『大魔法』に匹敵するもの。
そして、自然と無意識に陣を辿るアイリスの瞳が行きついたのは……その中心。
「あは、は……────遅いよ、全く」
半泣きの面持ちは、そのままに。
けれども、なにもかもを知るように笑みを浮かべた〝千憶〟の姿を捉えた刹那。
「自爆兵ッ……!?」
アイリスの脳裏に浮かんだ言葉は、空間に弾けた先触れの光と共に。斯くして次の瞬間────爆裂した雷撃の奔流は、高らかに天へと翔け昇った。
自爆兵、あるいは、
自殺行為をシステム的にも道徳的にも禁忌としているプレイヤー側にとって、知らず知らず意識の外に追いやられていた戦法の一つとかなんとか。




