黒天の鵬翼
────テトラの持つ語手武装【真説:黒翼を仰ぐ影布】の解放形態、黒翼領域《黒天の鵬翼》の最中に顕在する〝ルール〟は三つ。
まず一つは、見えない。
領域に抱かれた者は例外なく視力を失い、如何なる手段を以ってしても光景を取り戻すこと叶わない。つまり何かしらの光源手段を持ち込んだところで無意味。
瞳に浸み込む闇は決して祓えず、黒の世界を受け入れる他ないということだ。
次に二つ、出られない。
単純明快だ、絶対に無理。能動的に試みる脱出方法は一切が通じず、そもそも取り込まれた時点で一切の能力諸々が封じられるため試せる手段も極めて乏しい。
現時点のアルカディアにおいて《黒天の鵬翼》の権能に真っ向から対抗できるのは、テトラ曰く「僕が知る限り八人だけ」とかなんとか。
内一人は今まさに俺の隣にいる【剣聖】様で、もう一人は『状態変化を無効化する』権能を持つ北の序列六位【散溢】殿。以降はぐらかされたので他は不明。
────なんそれ激ヤバが過ぎるだろと思うのが道理だが、力を借り受けることでフワッと理解した実状を明かしてしまえば別に無敵のチートってわけでもない。
どういうことかといえば、シンプルに差し込みが通るから。
《黒天の鵬翼》の起動条件として標的と相対していること……つまり敵味方を問わず取り込む対象と相互認知した上で鍵言を宣言する必要があるのだが、その隙にバッサリいかれてしまえば普通に死。または即座のガン逃げも非常に有効。
つまるところ、不意打ちでも何でも領域を完成させられるだけの時間を望める相手でなければ無法の内へ引きずり込めない。馬鹿正直に権能に対抗する以外の方法で言えば、回避策が割かし存在するということだ。
無論、相互認知が済んだ上で鍵言を宣言……する前に解放の意思を定めた時点で動きが縛られるという不動の激ヤバ部分はあるが、それでも一瞬の隙は在る。
そして一瞬の隙さえ供与してもらえるのであれば、問題なく対応できるアルカディアンおよび当然の如く反応するエネミーは少なからずいるという話。
その事実を理解しているからこそテトラはコレを乱用しないし、過信もしていないってな話────とまあ、申し訳程度の弱みは置いといて次にいこう。
最後の三つ目、戦えない。
この黒翼領域の内において、敵と味方に設定を分けられた存在は互いに決して出会うことがない。まさしく『戦わないから死なない』という謂れを持つ【不死】の称号に似合いの性質だが、これもまた基本的に絶対不覆のルールだ。
……さて。
んじゃ一体全体なにをどうやって〝決着〟を求めるのかってなわけで、それは星剣が第四階梯に至り真っ先に思い浮かんだ借用相手として話を持ち掛け、実際に俺も首を傾げて権能の主ことテトラに訊ねた問いである。
いや、元からフワッとは知ってたんだよ。見えねぇとか出られねぇとか、能力やら何やら全部まるっと封じられるとか、ちょちょっと程度の概要は。
しかし他に聞き及ぶ内容としては、そもそもプレイヤー側の被害者が極僅かということで情報が乏しい上に『怖い』だの『超怖い』だの『二度と相手したくない』だのフワフワフワッとした小学生並の感想しかなかったもんだから────
だから、聞いたんだ。
結局コレで敵を如何様に倒すのかと。
然らば、アイツは言ったよね。
なんでもないような顔で、面白くもなさそうにサラリと、
自分で自分を殺させるんだよ────と。
◇◆◇◆◇
「────おぉおおぉおぉおおぉぉおわぁああぁあぁァアッッッ!!?」
斯くして俺は暗黒の中、本能から来る大音声を上げるままに走っていた。
相も変わらず視界ゼロ。
黒翼の権能で形作られた異空間に果てはなく、いくら駆けようが壁にぶつかることもなく、蹴り付ける足元の感触とて不気味なほど走りやすい平坦ばかり。
仮想世界の身体スペックだからこそではあるが、見えずとも疾走は叶う闇の世界にて雄叫びを……避け得ぬ悲鳴を上げながら、ただひたすらに逃げ惑う。
「ッ゛……! っ……ひぇ、……! ひぃっ……‼︎」
隣には、おそらく見たこともない様子を暗闇だけに晒している【剣聖】様。
状況が〝今〟へ推移して数秒後には『服でも掴んでてください』とか舐めた余裕を維持していられず、はぐれないよう繋ぎ合った手は互いに縋るように強く固く。
いろいろな意味で、様々な意味で、あらゆる意味で、散々な様。
頼むから内部をオンエアしてくれるなよと願わずにはいられない球域の中、恥も外聞も構う余裕なく俺たちが全力の逃走劇に身を尽くしている理由は────
「んッ、はぁっ……! ほ、ほんとにっ! お魚、苦手なんですねぇ……ッ!」
「いやごめんなさい魚はぶっちゃけ水中でもないんで多少マシなんすけど他がダメですアレはダメですトラウマ関係なく人類ほぼダメです俺も無理ですゥアッ‼︎」
背後から怒涛の如く押し寄せる、姿なき無数の姿。
見えない、それは変わらない。けれども『だからどうした視えるだろ』とでも言わんばかり、意識に直接ぶち込まれる〝それら〟が確かに具現している。
無意味に目を瞑っても、無意味に逃げ惑っても、まさしく無意味。
暗闇の中、どこまでも俺たちを追い回す〝それら〟は────そう、他でもない〝恐怖〟こそが、この《黒天の鵬翼》が獲物を呑み込むための咀嚼機構。
『語手武装』もとい『恐怖武装』とでも言うべき、真骨頂。
俺たちで言えば、俺に対応する『死んだ魚の目で活き活きとビチビチと泳ぎ迫る魚野郎ども』&ういさんに対応する────その、率直にマジ勘弁というか、
「〝虫〟ダメなんすねぇッ!!! ういさんッッッ!!!!!」
「大きいのは大丈夫なんですッ……‼︎ もんすたーなら平気なんですっ!!! でも小さいのが沢山は本当にだめなんですごめんなさいッ……!!!!!」
そのもの、本人の告白通り『無数にワラワラと湧き出して爆速で這い寄る小蟲の大群』は本当にダメ。新たなトラウマが今、俺の脳髄に刻まれつつある。
そんでもって、精神的な恐怖を抜きにしても────
「頑張ってくださいッ! 頑張りましょうッ‼︎」
「頑張ってますぅッ……!!!」
「こけたら終わりですよマジで!!!!!」
「言わないでください起こりそうですからぁッ……!!!!!!!」
アレらに追い付かれたら、実際問題イコールで〝死〟だ。
《黒天の鵬翼》の領域内で顕現する『恐怖像』は実際的に読み解くと非物理的な暴力というか、例えるなら呑まれたら終わりの毒津波めいたモノ。
湧出の条件は『大声』を始めとして〝恐怖の表現〟に連なる何かしらのアクション。俺が開幕ういさんの口を大慌てで塞いだのもソレが理由であり……。
同時に、今も可能な限り素直に悲鳴を叫んでいるのもソレが理由。
今頃、重なり合った別の闇に囚われる〝敵〟も盛大に逃げ惑っていることだろう。なんせ、この領域において『恐怖像』は伝播する。
静かに穏々やり過ごす、なんて対処は効かない。どちらかが故意でも不意でも〝恐怖〟を呼び覚ましてしまえば、それは互いの恐怖へと姿を変えて────
「あぁッ! ほらッ! 増えてる‼︎ 向こうも怖がってますよ順調です!!!」
「そんな順調は嬉しくありませんッ……!!!!!」
唯一許諾された〝攻撃〟となって、互いに襲い掛かるから。
そして、最後に改めて特筆すべき《黒天の鵬翼》の特性。それは……──っと、
「っ────……あ、…………あぁ、もう、本当に……」
突如、唐突。俺たちを追い回していた『恐怖像』の津波が音もなく消え去ると共に、卵の殻が罅割れるようにして空間へ奔った亀裂から光が差し込む。
然らば、事前に俺が共有していた終わりを察したのだろう。
「これは、二度と、御免ですね……」
「……そりゃまあ、皆そんな感想しか出ませんわな」
解けて散り往く黒羽の最中、帰還した平常空間にて荒れた地の上。思わずといった具合へたり込んでしまった師を支えつつ、俺も流石に膝を突く。
然して、二人揃って気疲れのまま座り込み……視線を向けた先。
「────……ん、ッの…………なんだよ、それ、クッソ……!」
目前、極至近。
身体を影とも闇ともつかない黒に浸食され、力尽きる寸前の誰かさん。
特筆すべき《黒天の鵬翼》の特性────幸運ステータスの数値超強化および効果反転により、たった1でも基礎能力値があれば『こける』程度のハプニングが無限に起きるようになる不条理世界で、不運被害に遭ったと思しき誰かさん。
俺および目を瞬かせて首を傾げたお師匠様……共に現在ステータスLUC:0な俺たちは、仲良く共に見知らぬNPC、推定〝千憶〟の勇士なのであろう存在。
淡い青の結髪。そして今は細く、どこか恨みがましいジト目を描いている灰白の瞳。全体的に寒色を纏った呪術師ライクな装いの小柄な少女が、
「これだから、稀人様ってのは────」
やはりというかなんというか、加害者側としては思わず「すいませんした」と頭を下げそうになるほどの恨み辛みを残して……──待ったナシ、例のやつ。
現出した双角錐に無事を確保されると同時、退散していった。
斯くして、
「………………さて、そんじゃまあ」
「……なにやら、賑やかになっていますが」
舞い戻った、戦場。
四方八方から届くは、ういさんの言う『賑やか』どころではない戦の音色。
はてさて、俺たちが〝恐怖〟から逃げ回っていた十分弱の間に────
「休んでる暇、なさそうっすねぇ……」
「そのようです……!」
一体なにが、どうなっているのやら。
〝酷い〟の具現。
口悪ジト目の呪術師ちゃんは九割の確率で再登場するそうです。




