理不尽到達
────速けりゃ強い。それは世界の真理。しかしながら同時に、速ければ速いほど〝安定〟からは遠ざかっていくのも仮想世界に於いて一つの真理である。
強味と弱味の表裏一体、それこそが『敏捷』ステータス。
操り切れない速度は敵より前に自らを滅ぼす鉄槌にも擦りおろし金にも成り、意外や敵視点でも付け入る隙は多い。どうにかして足でも引っかけりゃ必殺だ。
ゆえに、基本アルカディアにおける『高速戦士』は自ら全力疾走を封じるのが常。接近戦の最中にステータス全開の最高速度で可動する馬鹿は早々いない。
然して、それは俺とて同じこと。
我流剣術『四凮一刀』の諸々や、ここぞで決め撃つ必殺は例外。
敵を……いわんや同格の序列持ちなどの強敵を前にした場合などは、気安くエンジン全力点火など自殺行為。そうでなくとも手の内を知らない相手であれば、アクセル全開なんざ戯れの択にも入ってこない。現実は案外そんなもんだ。
だから正直なところ、俺は超接近戦ガチ殴り合いが長らく得意ではなかった。いや決して不得手とは言わないが、正しく、得意分野ではなかった。
俺の身体が、窮屈な減速を必要とするゼロ距離戦闘に向いていなかったから。
そうとも、だからこそ。
だからこそ、長きに亘りコツコツと積み上げてきた修練の果て。確立と研鑽を重ねた果ての今────完成した【星架】の我流近接戦技術は、付け焼刃に非ず。
「────────、──ッ゛!?」
開幕刹那、腕が飛んだ。
誰のかといやぁ、そんなもの思わずといった具合に呼気を散らした〝敵〟のソレに他ならず。得物を振るった俺の両手はピッタリ完品にて健在。
然して獲物を削いだ得物から伝わるのは、間に合わなかった対処を悔いる間もない驚倒の気配……──当然だろう、間に合うはずがない。
反応できる、はずがない。
道理も道理────どこの世界に、壁を目と鼻の先に置いて、あらん限りの力で、理性を以って、アクセルを踏み潰す途方もない馬鹿がいると思うのか。
なぜそんな途方もない馬鹿をやって、無傷で壁を解体できる阿呆が存在すると思うのか……と、これは正しく『そういう話』だ。本能的に有り得ないと断じて想定しないから、対処が間に合うどころか対処の手を差し込む挙動さえも起こせない。
できることなんざ、まさしく『驚く』ことくらいだろう。
「──────ッ‼︎」
呼吸を潰して、躊躇わずの《天歩》十連打。
右腕および飾り付けた平穏の表情を失いながらも狼狽は捻じ伏せ、残る左腕を駆りつつ後ろを────振り向く寸前。勘によるものか経験によるものか技術によるものか気配を追って上を仰いだセプトラ氏の真正面。
組み上げた規定行動。
九重のフェイントを連ねて辿り、振り落とした数珠繋ぎの一歩。つまるところの不可能実現、アクセル全開かつブレーキ撤廃の全速不滅ゼロ距離戦闘。
そして刹那の、合否チェック。脳裏にスタンバイする能動的第六感が────
囁くは、殺れの号。
「ッ、ぐ────ぁ……‼︎」
然らば《天歩》十六連打、重ねたのは十二の虚と四の実。紅の角槍と短刀が突っ立つ敵の四肢を刻んで宙に鮮やかな血線を描く。
結式一刀は七の太刀《七星》に通ずる極小範囲多連続鋭角転進、その更に先を行くと【剣聖】様お墨付き。豪速旋転するまま音速を置き去りに虚空を蹴り飛ばし勝手気まま跳ね回るピンボールが如く、無謀で安全な絶対不動一方的攻勢。
長と短、相反する間合いの刃も攪乱を助長して回避の思考を追い詰め殺す。
────無迎撃の刹那を読み取って斬り込む判断は、予知にも迫る第六感。
────跳ね回る身体を操作するのは、事前設定した無数の規定挙動。
そして、それら守攻を束ねて〝敵〟を駆り殺すのは、
これまでの〝戦い〟における経験を余すことなく『記憶』している、量はともかく情報の質と精度においては何者にも劣らないという自信を備えた俺の仮想脳だ。
斯くして……《天歩》二十八連打。
二十七の虚へ織り込み通すのは、紛れもない〝技〟にて切り拓いた致命の隙間。
肉薄近接戦闘において本来は有り得ない自滅必死の速度、それを以って瞬時無数に展開されるフェイントの濁流、全周あらゆる角度より襲い来る長短対極の刃による斬突打、果てに身体を削ぎ取られていく実感と焦燥────即ち、
刹那に濃縮された、不可避の物理的飽和情報爆撃。
無抵抗を強制することで、一方的に戦局を閉じる馬鹿殺法。重ねて、あの囲炉裏でさえ初見時ほぼ棒立ちのまま六秒で地に転がった文字通りの殺法が────
「────か、ふっ……」
紅槍の鋒が、思惑のまま。
まともに戦り合えば間違いなく何かしらの苦戦は強いられたのであろう〝千憶〟の英傑、その心臓ド真ん中を違えず逃がさず、ぶち抜いて迸った。
うーん、四秒。
〝対処不能〟を理念に掲げる『四凮一刀』が開祖の秘めたる現十八番殺法。
それ即ち、特異な才能と技術によって無理矢理実現させた『敵の能力如何を問わず状況を問わず何もさせずに封殺する』究極の理不尽ゴリ押し。相手は死ぬ。
簡単に言えば超難易度の音ゲー譜面を丸ごと一瞬で目前に叩き付けてくるようなもの。そりゃ誰だって囲炉裏君だって流石に「は?」って思考停止するでしょ。
なお組み上げて『記憶』している規定行動は軽く五百通りを超えるそうです。




