不明に断ずる未来が一つ
────そして、俺たちは言葉ではなく武を交わした。
鏡写しに兎短刀の紅刃と噛み合う右手の推定刃物を置くままに、性懲りもなく俺のガードを擦り抜けて少女を狙う左の〝なにか〟……左右揃って、不可視の得物。
ソレを握り手の力みから『在る』と断じて操糸一閃。左は人様の身体、右は兎短刀で塞がるゆえに浮かせた右人差し指一本のみを駆り立てる。
ゼロ距離の交錯、簀巻きにして自由を奪っている暇はない────ならば、
「《影葉》」
糸先は、至近の〝敵〟へ触れるのみ。
接触判定達成、スキル起動。成立する力は他者の身体の運動方向強制操作。効力は刹那、しかし戦闘の質が高みにあればあるほど望める戦果は甚大。
然らば、斜め前へと踏み込んだはずの左足が後ろへ下がり、目を瞠るセプトラに隙が一拍────絶好の攻守反転ポイントを目前にして、俺は、
「────ッ、ふびゃ、ぁぇっ……!?」
「っと」
迷いなく、一歩後退。
失礼ながら米俵にした【雨音一粒】殿を連れて〝敵〟の至近を離脱した後。
「んぇ、ぇ、ぇ、ぁ、ひっ……ぁあの、あのあの……!?」
「いや、すんませんね。咄嗟の護衛だったんで何卒ご勘弁をば」
そこは丁寧に幼女を地へ下ろして解放。止むを得ずとはいえ怖い思いをさせたことを適当に謝罪しつつ……あわあわしている雫ちゃんさんを置いて、一歩前進。
「……ご無沙汰っすね?」
「────……」
二百数十名にも上る観衆もとい彼にとっての『敵軍』只中。崩された構えを静かに正しつつ、俺だけを見据える知人を目指して声を掛けるが返答はナシ。
そう、友人と言えるほどではない。以前、少し世話になった程度の知人。
だからこそ、元より持っていた僅かな『印象』が殊更に……今しがたの戦り取りで強烈に蘇り、最大限の警戒という形で俺のメンタルに根付いた。
さて、どうなるもんか、どうしたもんか。
やっぱ、このNPCおそらくメチャ強ぇと思われるんだけども。
「「………………」」
歩を止めたのは、距離おおよそ五メートルの間合い。
接近する俺にも、言われずともといった具合でジリジリ包囲網を形成し始めている西陣地駐在南人員諸君にも、セプトラ氏は目立った反応を見せず。
ただ穏やかに笑むまま、無言。
俺にした挨拶を最後に、もう延々と口を噤む気でいたとて不思議ではなさそう。なんというか、そんな雰囲気……そんでもって、こっちもこっちで無言のまま試していたことが空振りに終わり、俺は渋面を隠さずに彼を睨んだ。
とりあえず報告だべ────と呼び掛けたのだが、念話に一切の応答ナシ。
直感で察せられる。まず間違いなく、念話機能が死んでいると。ゴッサンの声が返ってこない以前の話、思念の繋がっている感覚がプツリと切れている。
さーて、どうしたもんかってな具合だが……っと。
「────ッ、先輩!」
そんなとこに駆けつけてくれるのが、頼もしきかな我が後輩ってやつだ。
ギュバッと至近、斜め後方。トレードマークたる【遥遠へ至る弌矢】を駆り姿を霞ませる勢いで、邪魔にならない大変お利口な位置に現れてくれたカナタが、瞬く間に西陣地の現状を見回し把握していく気配を背中に捉えつつ────
「カナタ、ゴッサンに伝令。相手は〝千憶〟NPCだ」
「えぁっ、千────」
「そんで、あとはとにかくソラがマズいとも伝えてくれ」
「……!」
眼前から動かない〝敵〟を視線で捕らえるまま。
避け得ず、今なにより先に浮かぶ『心配』を告げれば、おそらく反応からして真っ先に西陣地へ走らされたのだろう、カナタも思い至りて息を零した。
そう、とてもマズい。
実際のところは、本人にしか、わからないが……おそらく、きっと、マズいのだ。
なぜって、ほら、今回はアレ、ほぼ間違いなくPvE────仮に人型が出てくるとすれば、どうせ例の〝黒〟なんだろうなと高を括ってしまっていたから。
「ここは問題ない、俺がどうにでもする────から、早く……ッ!」
「は、はいッ……‼︎」
ソラさんの『対人NG』が、NPC相手に、どうなるか、わからないのだ。
然して、慌てて駆け行く伝令役を……やはり見逃すまま。とうとう隙間なく完成してしまった包囲の最中にあっても、穏やかに笑む想定外の〝敵〟が一人。
いや、ゆうてマジのガチ全くの想定外というわけでもないのだが────
「……セプトラ氏、一個だけ教えてくれ」
今は、余計な思考は捨て置くべき。
視界端、今なお減少を続けている【剣聖】のHPが困惑と混乱を塗り潰すから。
現在の城塞内地。師が居るであろう場所に見えるのは、誰の仕業によるものか轟と舞い上がる甚大な土煙のみ。状況把握不能にて募るのは焦燥ばかり────
然らば、
「アンタらも俺らと同じく、基本的には死んでも死なねぇんだよな?」
まずは、とりあえず、我が身を自由に動ける駒とするために。
これまで〝敵〟などと思い接してこなかった仮想世界の住人へ……彼ら自身からの『願い』もあって、手を取り合うヒト同士として接してきた親愛なる隣人へ。
────そういう感じなんだな? と、
────そういう感じで、いいんだな? と、
「あとで起訴とか、マジ勘弁だぞ。オーケー?」
つまり……──本当に、全力で、ぶん殴っていいんだな? と。
問うた俺に、彼は。
「………………」
やはり、無言。ただ優雅に、静かに……思い違いでないのならば、覚えのある信頼および親愛を隠さないまま微笑むもので。
ならばと、俺も笑い返すのみ、
「〝想起〟」
〝敵〟に倣い、お喋りを片付けて得物を喚んだ。
右手の【兎短刀・刃螺紅楽群】を提げるまま、左手に握るは【魔紅蒼槍・鯨兎】。短剣と長槍の異形操々────極僅か、知る者ぞ知る俺の十八番。
あまりにもあんまりなので基本的に世間へは晒さずにやってきた、その〝型〟が示すところ……端的に言ってしまえば、つまるところの初見殺し重点速攻。
然して────悪いな、セプトラ氏。
アンタが強いのは……具体的に言えば準序列持ち程度の実力を備えていらっしゃるであろうこと、気配や雰囲気および先程の一合で察しているけれども。
気配ゼロの不意打ち、不可視の双得物、はてさて他に如何なる手札を持っていようが知ったこっちゃない。何をする暇も与える気はない。
「んじゃ、お覚悟」
かの【無双】が初見時六秒で沈んだ馬鹿殺法。
容赦ナシで、いざ往かん。
また筆者を殺す数千文字の数秒が始まるんですか?????




