幕間
────そして、更に時は流れ流れて……。
「いや、すまなかったね。忙しい時期に無理を言って」
「いえいえ全然。いつでも大歓迎です」
とある日、夜。
「……まあ、店は意外なチョイスでしたけど」
「はは。これでも、どちらかと言えば舌は庶民的でね」
隠れ家的な名店なのか、なんなのか。看板も暖簾も出していない一軒のラーメン屋……ラーメン屋? なのか……は、ちょっと明確な判断が付かないまでも、
「日本に帰って来たら、まず一杯と決めているんだよ。この店に限らず」
「成程。渋いルーティーンですね(?)」
とにかく洒落た個室で古風なラーメン鉢を提供してくれる謎の店にて、何処かの海外から帰国したばかりだという徹吾氏────天下の『四谷開発』代表様にして俺の大切な相棒の御父上様でもある御方と、親しく卓を囲んでいた。
俺が頼んだのは、オススメされた煮干し出汁のシンプルな醤油ラーメン。
徹吾氏が頼んだのは……魚介出汁併せ大盛豚骨味噌チャーシューのメンマ大盛ネギ山盛り。プラス半チャーハン&肉餃子の男児欲張り黄金セット。
育ち盛りの学生めいた勢いの注文に「大丈夫か……?」と心の中で呟きつつ慄いたものだが、トータルの健康は某メイドに管理されていると笑い飛ばされてしまえば言うことはない。多少の塩分過多など物ともせず長生きしてくれることだろう。
まあ、さておき。
「「いただきます」」
対面席、仲良く手を合わせて箸と蓮華を左右に装備。徹吾氏が蓮華を先に動かしたのをコンマ五秒で見てから倣い、とりあえず俺もスープを一口。
「「……美味い」」
徹吾氏は、しみじみと。俺は、深く感心しながら。
メニューに値段が書いていないどころかメニュー表が存在しなかったことなど、考えても仕方のないであろう不安は多々あるがラーメンは美味い────と、
「話は、聞かせてもらったよ」
食事に突入しながら、徹吾氏が一生で一度は言いたいタイプの文言でもって話を切り出す。俺も俺で察した上で誘いを受けて此処にいるため、別に驚きはせず。
気持ちいいほど豪快に麺を啜っているのに、やはりどこか風格というか高貴の気配が霧散しない四谷代表様……否、御父上様に再び倣いながら。
「……、はい」
無駄な委縮はせず、食べて呑み込んでから堂々と頷く。うん、麺も美味い。
……然らば、
「前にも言ったが、私は娘と君が決めたことならば否を突き付ける気などない」
徹吾氏は……徹吾さんは、穏やかな顔で薄く微笑み、
「────だから、おめでとう。君ならば、期待して託すことができる」
俺とソラだけに留まらない、複雑で常識外れな関係性とか、諸々全部を踏まえた上で。迷う様子も悩む様子も見せないまま、祝福の言葉を渡してくれた。
「……いつかは、安心させられるよう努力します」
「本当に君は、賢く気が回る男だよ。……生き方は、上手いとは言えないがね」
然らば、最後の手厳しい評も付いたものの表情と声音から冗談交じりは読み取れる。前にも言ったと彼が示したように、俺の方こそ同じこと。
男に、二言はないのである。
────と、そんなこんなで。
「ありがとう、楽しい時間だった」
「こちらこそ」
ラーメン屋(?)で、一時間強。
俺基準では基本ないレベルの長時間居座りだったが、機嫌良さげな徹吾さんが言う通り楽しい時間だったと偽りなく言える時を過ごした帰り際。
千歳印の送迎車が到着するまで数分間のロスタイム、そんな折に。
「時に、希君」
「……はい?」
思わせぶりな声音に色を変えつつ、思わせぶりな話の切り替え方。
明らかに俺を警戒させようと……あるいは、考え事をさせようとしている時の素振り。これまでも何度か経験している振る舞いに、構えて応答を返せば────
「そらから、そらのことは聞いたそうだね」
「…………」
予想通り、振られたのは決して軽くはない話題。今回も軽々に堂々と「はい」と返すのが何となく憚られて、俺は口を噤みつつ静かに頷いた。
……しかし、
「そうか。……そうか、ありがとう」
彼は、ただ感謝に類する言葉を一つ。
さすれば一体どう反応したものやらと戸惑う俺を置いて、
「希君」
再び、俺の名を呼び微笑むと────
「明日の四柱を終えた後、また少し時間を作ってもらいたい」
それは、果たして誰に向けられたものか。何処へ向けられたものか。おそらく目前の俺に対するものではないのだろう、ひどく優しい顔で……願うように。
「娘が自分のことを君に話したように、私にも君に聞かせたい話があるのだよ」
そんなことを言われてしまえば、当然のこと。
「……、はい」
未来の『お義父様』の頼みとあらば……。
「喜んで」
聞かぬ男が、いるものかってな話である。
斯くして、第十三回目にして新生第一回目。
四柱戦争前日の、男同士二人以外に誰も知らない幕間であった。




