睦言、秘めごと、約束事
多趣味オジサンことゴッサンが筋肉および知識を以って組み上げた簡易拠点の内訳は、諸々の憩いの場となる小さなキャンプファイヤーに加えて寝床が四つ。
大型とまではいかないが、まあ小さいとも言えない立派なものだ。
木や石を草を編んだロープで纏めた骨組みに、幅広く削り出した樹皮および【星屑獣】由来の毛皮の天幕。自然物ばかりで驚くほど様になっている。
なんて言うんだっけか、こういうの……ブッシュクラフト? どんな道具でも現地調達で作りながら身一つでキャンプを謳歌するアレ。
大概は仕入れたばかりの浅い知識でも構やしねぇと語りたがる愛嬌オジなのだが、時たま今回のようにガチ寄りに貫禄あるスキルを披露してくるものだから舐められない。普通に格好良いからバカンス中に俺も教えてもらお……────と、
「くぁ…………」
一人、種火を残すキャンプファイヤーの傍。
これも「ゆったりできる椅子が欲しい」と頼んでみたら爺が作ってくれた、頑丈な木枝と毛皮から成る背凭れ肘掛けクッション付きの贅沢チェアに納まりながら。
見上げても彼方の大地ばかりで星の居ない空を眺めつつ、欠伸を嚙み殺す。
既に日を跨いでから幾らか経ったが、まだまだ夜明けは遠い現在地。俺のステータスに『眠気』デバフが発症するのも暫く先だが、とはいえ欠伸くらいは出る。
人間だもの。寝る時間でなくとも眠くなるのは不思議なことでもなんでもない。
ないが、ドヤ顔で夜番を買って出といて寝落ちとかアホで済まされる次元の間抜けではないので……────眠気をいなすべく、暇潰しがてらの〝鍛錬〟続行。
「……ん゛ん゛────────────………………」
草木も湖も仲間たちも全てが各々の居場所で寝息を立てているのをいいことに。オジジをオッサンゴッサンと言えない声音を憚らず深夜の静けさに晒しながら。
俺を取り巻く〝水〟の光を、意のままに躍らせる。
『竝枝界拓』はMIDツリーの派生枝、可視化顕現魔力の操作練習だ。
ゆらに魔力操作云々の基本を習ってから続けているが、中々に習熟してきたのを実感すると同時に自分の適性も今まで以上に……文字通りというかなんというか。
目に見えて、わかってきた。
「…………」
無色透明に近い仄かな青、撚り集まっては深い青。
プレイヤーそれぞれで異なる色味で輝く魔力を、手元。これ以上なく極近い位置で編み上げ、描き出した小さな星屑の竜を元気よく羽ばたかせる。
そして、手を掲げ送り出せば────
「……うーむ」
空を目指して飛び立った魔力製の竜は、十メートルと行かぬ内に解けて消えた。
端的に、これだ。ちょいちょい誰にともなく以前から言われていたこと、そして己でも薄っすら自覚していたことだが、俺の思考操作は有効範囲が極狭い。
最近は熟達してきたと言えなくもない【九重ノ影纏手】の〝影糸〟などは、そのもの有線で繋がっているため身体の延長としての意識が働くのか別の話。
魔法然り……あるいは【紅より赫き杓獄の種火】で取り込んだ際、操作便乗する相棒の魔剣など然り。身体から離れるほど、俺の思考操作技術は粗末になる。
いや、粗末どころの話ではないか。はっきり、使い物にならなくなる。
いつだか『内で完結する思考操作に関しては天才的』などと言われたが、ポジティブな意味でもネガティブな意味でも後輩一号の言葉は的を射ていたらしい。
手持ちの魔法であれば《カレント・ハーケン》や《メイルストロム》など、あるいは《千遍万禍》ぶっぱも同じく────至近で形態を操作したり単純に撃ち放つだけならまだしも、俺には遠隔操作系の才能が皆無と言って間違いないだろう。
なんかトラデュオでアーシェが俺のことを『本質的には魔法士タイプ』とかなんとか言っていたようで、それも決して誤りではないのだろうが……少なくともルクスやレコード氏、ゆらなどが備える超絶技巧を修得するのは俺には無理そう。
しかし反面、小さな範囲での魔法行使は大いに将来性アリと見てヨシ。
ふてずに鍛錬を続けていけば、いつかは【旅人】様や【銀幕】殿みたくバリかっけぇ魔法拳士にも成れるはず……まあ、アイツらは近距離と遠距離技巧を併せ持っているからこそ『魔法士の完成形』とか持て囃されているわけだ。流石である。
嫉妬を向ける余地はなく、抱くは称賛と憧ればかり……なんて、
誰にも見られていないのをいいことに、憚らずイイ子ちゃんを気取っていた折。
「────綺麗な色」
後ろ。気配を隠さず傍に寄って来ていた誰かさんが、俺の背中に声を掛けた。然らば俺も俺で振り返ることなく、お褒めに与った魔力を躍らせ続けながら。
「流石に、早起きが過ぎないか?」
「足りない分は、明日の寝坊で賄うから」
肩越しに言葉を返せば、数秒後。その肩に些細な重みが圧し掛かった。
触れる体温と、極近い吐息に呆気なく意識から追い出されてしまう程度の、ささやかな重み。だからこそ、手放さずに繋ぎ留めたくなる重みを受け止めて。
「どうしたよ」
「別に、どうもしない。……ただ」
「ただ?」
チラと視線だけで振り返れば、夜闇に在って目を灼く美貌。燦然と輝く御尊顔を俺の肩に乗せながら、夜更かし姫はガーネットの瞳に悪戯心を湛え────
「イチャイチャ、しにきた」
「………………………………まあ」
恥ずかしげもなく、言うものだから。
「なんか、何かしら……来るとは思ってた」
「ふふ、以心伝心」
俺の方からは、嘘偽りない『予想通り』を伝えておいた。
……いや、
正しきを白状すれば、予想通りではなく『期待通り』……と、なってしまうが。
「……プール、楽しみにしてたのに」
然らば、そんなもん言うまでもなくアーシェには底の底までバレているだろう。
椅子の後ろから回された両手に肩やら首やらを優しく撫でられ、密やかに仮想の心臓を跳ねさせつつ。恨み色ゼロの声音で恨み言を言われ、こちらは察し苦笑い。
なんのことか────他でもない、三月中にと約束していた例のアレである。
【青源の深域】攻略に際して多少なりと精神的に参ってしまったのか、俺のトラウマよろしく『水』が嫌いになりそうといったネガティブをポジティブで塗り潰すためのアレ。つまるところの水遊びデートを企画したのだが……。
簡潔に言えば、中止にされてしまった。
誰にって、それもそれ言うまでもなく。
如何なる手段を以ってか『二人きりでプールでデート』を察知した上で『流石に事件の予感を看過できない』と判断したソラさんおよびニアちゃんにだ。
然らば、俺とアーシェが一体なんと言って答えたか────
そんなもん、二人揃って「ですよね」以上閉廷である。
俺については〝事件〟が起こる確率を冷静に俯瞰した上で『起きたら起きたで起きてから身命を賭して逃げよう』と、固く心に誓っていた。アーシェの方も迫るは迫るとして、俺が「落ち着け」と言えば素直に落ち着くつもりだったはず。
つまり、俺たち二人とも何かしら〝事件〟が起きることは避け得ぬ予定として見ないフリをしていた────そうとも、即ち「ですよね」これに尽きるわけだ。
重ねて、俺は手を出す気も出される気も……具体的には自ら宣言した二年と五ヶ月間、残すところ二年を経るまで双方共に断じて無い。
ゆえに、仮に事件は起きても起こらない。それは俺が無茶無謀な計画を遂げると決めるにあたって心に定めた制約、確定事項であることは揺らがない。
そんでもって、申し訳ないが勿論のこと。
隙あれば迫ってくるのは事実上の婚約者として当然の権利と認めるまでも、アーシェとて俺の思いを第一に尊重してくれるので……といった具合。
約束をして、そこそこ早い段階でバレて、そのまま即刻やむを得ず中止と相成り、俺もアーシェも納得して────しかし、納得は道理としても、という話。
「ソラニアは?」
「ぐっすり」
椅子越し、首元に絡む両腕から伝わるのは素肌の熱。作り物めいていて、けれども『どこが』と問われたなら明確な答えは返せないリアルな温もり。
それを俺の肌に馴染ませながら、アーシェはコツンと頭へ頭をぶつけてきた。
────それはそれとして、残念な気持ちや不満な思いもあったという話。
だからこそ、遥々バカンスで『湖』に足を運んだのだという話。
二人きりではないが、それはまあ仕方ない。むしろ安心して楽しめると割り切って、明日は存分に〝水遊び〟に興じさせてもらう予定だ。
勿論、俺は湖に入るとか死なので遊び場は別に作る。序列持ちの力を以ってすれば、湖の脇に巨大な『プール』を造り出す程度のこと造作もないだろう。
そして勿論、水遊びともなれば装いは────さて、正直に言おう。
楽しみにしてはいたが、ほんのり思うところがなかったわけではない。
別に、囲炉裏とかゴッサンとか男に限っての話ではない。当初の予定では二人きり……つまり俺が独り占めできるはずだったと思わずにはいられない、それを。
惜しく、感じていたとも。
だからこそ、ほんのり期待していたのだとも。
「皆、ぐっすり。…………今は、あなたと私だけ」
「…………」
肌に伝わるのは、素肌の熱。
視界端に映るのは、夜闇にあって眩い真っ白な肩。
併せて、一緒に選んだのだから当然のこと。見覚えのある装いの肩紐が、その肌を控え目に……しかし燦然と彩り引き立てているのが見えてしまえば。
「────……見たい?」
「見たいです」
誰も見ていない、夜中の秘めごと。
俺だけの、独り占め。
然らば、恥ずかしげもなく食い気味に答えてしまった俺に。
アーシェは、ほんのり可笑しそうに。けれども嬉しげな様子を隠さず笑んだ後。
「ん……どうぞ?」
お赦しを授けてくれたものだから、俺は手遅れの平然を装いつつ振り返り……。
以上。
その後の光景というか頭に刻み付けた記憶映像は、ちょっとなんというか輝度がヤバいというか眩さがヤバいというかで軽率に情緒を破壊してくるため────
今暫く、秘めごとは大切に記憶の奥底へ仕舞っておこうと思う。
忘れてると思ったか? 忘れるわけないだろってことで、はい。
無事に主人公が死にました。
お姫様が一体どんな水着を纏っていらしたのか、二人で選んだ水着とは如何なるモノか。それを知ることができるのは主人公だけということで一つ。
石なら【星架】様に投げてください。漏れなく全て回避されます。




