シフト明け
然して、夜。
アレやらコレやらを滞りなく終えて、その後にニアとの散歩も短時間ながら楽しんで、そしてそしてシフトの時間までも乗り切って────
「お待たせいたしました」
「引っ叩くわよ」
我らが『干支森』自慢の青空大衆酒場【Zoodiac】の片隅。
配慮は在れども流石に少なからずの視線や意識が常に向く〝席〟へ挨拶と共に合流すれば、なんとも悲しいこと。しかめっ面と共に即座の暴言が飛んでくる。
まあまあ、なんてことを仰るのでしょう。
「どうかなさいましたか? お気に障ることでも……」
「〝裏返れ〟つってんの。シフト終わったんなら早く戻んなさい怖いのよソレ!」
とまあ、問答の相手は誰あろう今回もウチに参加してくれた馴染みの白猫なっちゃん先輩。んでもってファン人気分散的な意味で実に助かっている【糸巻】様の要求、揶揄いの戯れは程々にしておくといたしましょう────ってなわけで。
「っはぁ、つッッッかれたぁ」
「…………まあ、着替えでも、いいけどさ」
人格チェンジ、もといガチ模倣キメラ演技のスイッチとなる和装メイド服……その名も奇怪な【P・M・C】から、慣れ親しんだ一張羅【白桜華織】へ早着替え。
過酷なバイト勤務の終わりに制服を脱いだ時と似た解放感、および一息に押し寄せてくる疲労の実感を抱えながら席に着けば、文句を言っていた先輩殿は微妙な顔をしつつも睨みを解いた。なんだかんだ、転身体姿だと若干なり優しいのである。
さておき、周囲から少なからず耳に届く残念そうな溜息をスルーしながら。
「おつかれーぃ」
「おつかれさまでーっす」
「うぃうぃー」
席に居合わせる半数。隣のニアと向かいの【彩色絢美】ノノミことノノさんから労いの言葉を拝受。流石に〝私〟が爆誕してから数えて三度目のイベントともなれば慣れたのだろう、どちらも料理をつつきながら涼しい顔で俺を迎え入れる。
爆誕の発端となった二人がコレなのは中々に許せないが、まあいいだろう。
「諸々、どんな具合?」
然らば、俺も俺で既に〝私〟は持ちネタとして呑み込み済み。今更やーやー文句や恨み言を並べ立てるつもりもないので、ささっと話を転がした。
大雑把に今回『干支森』グループの現状を求む質問。向けたのは勿論、
「やービックリするぐらい平和ですねー」
我らがイベント参謀様こと、ファッションパッションの柑橘類様である。
「最早こう、下手に通常フィールドを冒険するよりも安全というか、不安感がゼロというか……世間で言われる『バカンスイベ』としては究極体ですよ、此処」
「つまり?」
「全ッッッ然、問題ナシってことです」
さすれば、つらつら返されたのは端から端までポジティブで埋められ気の抜けきった現状報告。本当に大雑把で細かい情報を取っ払っているという点から、ノノさんの評価が冗談抜きの大真面目であることが察せられる。
素か演技か、おちゃらけている時は面白柑橘類なれど真面目モードでは世辞抜きに頼もしい御人だ。彼女が断言するのであれば、悩まず信頼して良いだろう。
────と、いうことで。
「そしたら、こっちは予定通りに動いて大丈夫かな?」
「全ッッッ然、問題ナシですよー! ぁ、夕方には顔出してくださいね? 毎日」
「それは勿論。鉄さんにも容赦なくシフトぶち込まれてるから」
事前の相談にて共有している情報を用いた応答。周囲に聞こえていたとして誰も何の話か察することはできないだろうが、この席にいる者の間では伝わっている。
そしたらば、と。
「んじゃ、悪いけど先輩殿────」
「悪いと思われるほどの労力じゃないわよ。気にせず行ってきなさいな」
なっちゃん先輩へ改めて頭を下げようとすれば、ひらひら手を振って軽く流される。別に今回は俺のためだけじゃないとはいえ、素直に協力的な時の【糸巻】様は『子猫』とは言い難き包容力を謎に発揮するもんで侮れない。
「助かる。よろしく頼んます」
「はいはい」
ということで、引き継ぎは了。
「どうぞどうぞ、これから大変なんですから、大いに羽を伸ばしてくださいなー」
「ありがと。なんかあれば……」
次いで、ノノさんの気遣いを受け取りつつ────
「ん」
「ども。呼ばれたら、文字通り音速で飛んで来るから」
「んはは、冗談じゃないとこが恐ろし頼もしい」
ふらっと掲げた右手首に、シュルっと巻き付く白雪の〝糸〟────【糸巻】様が操る【奏紡の白雪糸】の連絡糸も賜って、備えは万全を伝えておく。
鉄さんにはシフトを抜けるタイミングで挨拶しといたし、ここらでヨシだろう。
然らば、
「んじゃ、行くかニア」
「はーいっ」
これからの同行者に声を掛けつつ、早々と席を立つ。
んで、なっちゃん先輩およびノノさんから見送りの視線を頂戴しつつ……さて出番だぞ相棒と呼び掛ければ、右手の指輪から姿を変えるは魂の片割れ。
顕現した【真白の星剣】を、右手に提げて。
そして共に席を立ったニアの手を、差し出した左掌に受け取り乗せて────
こちらを見ている周囲面々へ、置き土産の笑顔も忘れずに。
「真白ノ追憶────《緑繋》」
主の求めに応じて、白剣が柄部に湛える深紅の玉石が〝緑〟へと遷ろい瞬き、
次の瞬間。
「………………ツッコミは入れてやんない」
「あっははー……益々もってオバケですねぇ」
誰の目にも留まらなくなった俺たちは、その通り誰の目にも留まらぬまま。
手を繋ぎ、ひっそりと宴会の場を抜け出した。
さて、なにしたのかなぁ、どこ行くのかなぁ。




