新参者は遥か過去
一年は『365日×24時間』にて単純計算8760時間。
そんな世界において不動であるはずの理が、人類に限って破壊されてから四年と少し。おおよそ三千万人のプレイヤー……仮想世界への箱舟【Arcadia】のユーザーたちにとって現在、時間とは常の数字に囚われるものではなくなっている。
────然して、ようやくと言うべきか、あっという間と言うべきか。
暫く前に仮想世界デビューから一周年のラインを踏み越えた俺も、正直なところ体感時間に関しては一年どころの話ではない。全くもって、ない。
仮想世界に流れる時間は、現実世界と比べ五割増しの速度で駆けている。
つまり現実世界の一時間は仮想世界の一時間半となるわけで……仮に『ゲームは一日一時間』なんて修験者みたいな戒律を厳守している者だとしても、非プレイヤーと比べて『+365日×30分』にて追加体感時間は年間180時間強。
即ち、一週間以上も長い時を過ごしている計算になるわけだ。
つまり、下手すりゃ日に十数時間とか平気でプレイする人間ならば────という話。仮想世界で過ごす日々が現実に比して様々な意味合いで混沌としている常も併せれば、諸々の密度を冗談抜きで倍以上に感じる者も少なくないだろう。
俺だって、そう。倍どころか、ぶっちゃけ「もう本当は何年も経ってますよね???」と現実を疑う程度には記憶や思い出が大洪水。
ゆえに、なにをどの角度から見ても「たった一年」などとは言えない。そんな他者とは異なる時間を生きて、駆けて……────至った、今。
そうして至った、もう一人の俺。
現実世界の春日希から、仮想世界の【Haru】へ。
【曲芸師】の名を頂き戴いて、更に翔け抜けて【星架】へと。
決して短くはない〝一年〟を経て。今の自分を恥ずかしながら少なからず気に入っている俺は、文字通り誰よりも速い脚で突っ走ってきた過去を振り返り……。
全ての前置きと事実を踏まえて、なおも宣うべくして宣うのだ。
いや、それにしたって数年は掛けて然るべき道程だったろ────と、
「端的に言っていい?」
「はいッ!!! よろしゃす!!!!!」
「二点」
「何点満点中でしょうかッ!!!」
「百点満点中の二点だね」
「端的に厳しぃえぁッ!!!!!」
そんなことを……数え切れない人々に在るべくして慕われ、受け止めきれないほど大きな憧憬を向けられるような立場になってしまった、今。
俺の超絶大ファンだという元気溌溂推定年上男性に当たり前のような涼しい顔で偉そうな講評を垂れながら、ほんのり胃を痛めている俺は思うべくして思うのだ。
やっぱ俺、他人様の上に存在するの向いてねぇよな────と。
────斯くして、時は四月頭。界は仮想の、場は反転した空の大地。
即ち偶数月前半の定例イベント、今や馴染みのバカンスイベとして親しまれている【星空の棲まう楽園】会場『鏡面の空界』にて。
なにをしているのか……なんてのは言うまでもない。
「まず、無理に切り替え多用しない方がいい。隙にしかなってないから」
「無理にでもバッシバシ切り替えてった方が圧ありません?」
「現状、バッシバシというよりワッチャワチャだね」
「つまり?」
「敵視点、一人で勝手に混乱してるだけにしか見えなかったというか……」
「エグい抉ってきますね。もっとください」
「もう素手の方が間違いなくマシなレベルで悲惨」
「手厳しいッ!!!!!」
気付けば定例イベント内の定例イベントと化した、初日のレクリエーション。
誠に恐縮だが多大なる需要があるらしい、招待客との顔合わせ交流会こと『殴り合い曲芸師』のコーナーを成すべきものとして成している最中……もとい、
今回は『竝枝界拓』実装で爆増してしまったらしい〝真【曲芸師】ビルド〟なるものを引っ提げた手合わせ希望者たちを、無慈悲かつ真摯にボコっている流れだ。
……本当にもう、一年前の俺が今の俺を見たなら指差して笑ったことだろう。
笑った後、成り上がり願望こじらせ承認欲求モンスターかよ、どうした俺なにがあった……とドン引きしながら幻覚を忘却するため無心で就寝したことだろう。
過去の俺には申し訳ないが、諦めて現実を受け止めていただきたい。
「とはいえ、主武器の大槍と副武器の刺突剣は多少なり活きてたよ。……活きてるからこそ、他のアレコレが落差で弱体化にしかなってないって話なんだけど、そこはもう満遍なく使い込んで馴染ませるしかないね。と、思いました」
「ほぼ何もできてないのに何故メインとサブがバレてるのか。こわ……」
「まあ、握りを見れば大体わかるもんで。ランスの突撃もスティレットの不意打ち脚狙いも、状況に際した技選択としては悪くなかったと思うし────」
「なんで予備動作すら潰しといて技の選択まで看破してるのか。こわ……」
「そこは勘。────総評、今は二点だけど熱意は満点、ベースの実力を鑑みるに時間を掛ければ間違いなく形になると思います。是非、精進を続けてください」
「そんで最後に優しいのマジやってる。────精進します! あざしたぁッ‼︎」
性根が陰の者にとって『持て囃される』ってのは多大な苦労の塊に思えるものだが、それでも嬉しさや楽しさを欠片も見つけられないわけではない。
なるようになるさで振る舞っていれば……。
「さて……────はい、そしたら次の方どうぞーっと!」
仮想世界へ来てから、一年を経て。様々な出会いや事件や経験を積み重ねて。
そう悪いことばかりではないと……今の俺は確かに、楽しめているから。
それでは六章第四節、張り切って参りましょう。




