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────斯くして、祝宴の後。
大いに語らって、大いに戯れて、腹だけではなく心まで満たしに満たし目一杯。それだけは主役を介さず、俺と斎さんだけで用意したケーキまでを忘れずに。
十六本しっかりと立てたロウソクを吹き消す……なんて重要イベントも勿論こなして完璧十全。本当に何もかもを隅々まで楽しんだ、祝宴の後。
「………………………………………………………………………………」
俺は自分の部屋で寝慣れないベッドに収まり、暗闇の中で天井を眺めていた。
なにを考えているのか、なんて言わずもがな。腹一杯で身体が破裂して死にそうだとか、幸福一杯で心が破裂して逝きそうだとか、そんなことでは決してない。
ただ一つ、もとい〝一人〟のことを、今だけは。
これまでも何かしら使ったことはあれど、宿泊は初となる部屋で何を待っているのか……なんてのも言わずもがな。それこそ、否の例を上げるまでもなく────
コン、コン……と、このノックだけ。
祝宴を、締めて暫し。片付けまで、終えて暫し。
予めの約束通り。約束が在ったからこそ、様々な意味で破裂したり炸裂したり爆裂しそうな心を一生懸命に宥めるまま待っていたのだ。
だから、その控えめな挨拶が部屋に響いた瞬間。
どこぞの『俺』よろしく曲芸スプリングなアクロバティック起床アクションは無理にしても、俺は人生最速に数えて間違いない挙動で寝台から跳ね起きた。
そして、もう意識だの何だの介在しない挙動。是も非もなく真っ直ぐに扉へと突き進み、やはり是も非も蹴飛ばしてドアノブを捻れば────
開いた、隙間から見える向こう側に。
「ソ────……お、おぉ…………」
見止めるよりも早く、こちら側へ。
つまり、部屋の中へ。
足早に踏み込んできた誰かさんが、それ以外にナシと秒で扉を開けた俺よろしく。それ以外にナシといった具合で……俺の懐へ、飛び込んできた。
「「………………」」
────然して、部屋を訪れるや否や。ハグする方、ハグされる方に役割分担で引っ付いて、共に動きも言葉も止めたまま考えること数秒。
諸共一歩後退、からのパタリ……と。
精一杯に手を伸ばした俺が扉を閉めれば、無事に二人きり。
牽制する間も、整える間もなく引っ付かれて、くっ付かれて、密着されて、開幕から互いの鼓動を交換してしまったゆえ、もう何一つ取り繕う必要のない、
二人きり。
……そして、続けて躊躇わず────カチャリ。
「……、…………」
万が一でも、これからの時間に邪魔が入らないよう。扉の鍵を閉めれば、僅かに誰かさん……──ソラの華奢な肩が、おそらくは緊張で跳ねた。
「……はは」
現在時刻、午後十二時手前。即ち、夜更け時。
男の部屋を訪ねて、更に初っ端から熱烈な抱擁をぶちかまして、続く反応がコレ。なんともはや、可愛らしいが過ぎて狂いそうになるが……まあ、今更のこと。
とっくに狂っている俺は、けれども逆に落ち着いて、無意識に脱力した笑いを零しつつ少女の頭を撫でた。成すべきことであるとして、安心させるように。
別に、今から〝わるいこと〟をしようってわけじゃ………………いや、まあ、ないとは言い切れないのかもしれないが、少なくとも『事件』は起こらないと。
俺の心中なんざ読めてるだろ? と、疑わず信頼を語り掛けるように。
────すると、
「……お」
一歩、
「ぉ、お……」
二歩、三歩、
「お…………っとと……!」
華奢な身体に、似合った力で。しかしながら、儚さなど感じられない確かな力で。ズンズンと押されて後退していけば、行き着く先はベッドの上。
膝を折り、勢いよくも倒れることはなく座り、どうしたもんかと一瞬だけ迷った後……────俺は、決して羽のように軽々しくない大切な重みを抱くまま。
逆らわず、相棒の意向に沿って押し倒された。
「「………………」」
見つめ合う。薄暗闇の中でも、なお煌めく一対の空色と。
メイド……斎さんには、当然のこと話を通してある。なんとなく心の安寧を補強する意味で鍵は掛けたが、そんなことするまでもなく邪魔は入らない。
この夜は、いつまでも。
「「…………………………」」
いつまでだって、見つめ合っていられる────けれど、
「…………時間、来ちゃうぞ?」
今から、俺たちがするつもりの〝戯れ〟には、在るような無いような頃合いが重要だから。意味なんて在りはしないけれど、俺たちだけにとって重要な遊びが。
「……まだ、もう少し、ありますもん」
だから、いつまでも無言ではいられない。
見つめ合っているだけでは、勿体ない。
────確認なんて一々せずとも、同じことを考えているのは知っているから。
力を抜いて上から降ってきたソラの身体を、戸惑うことなく受け止める。受け入れて、身体だけではなく心まで抱き締めるように熱を溶け合わせる。
そうして、
「……誕生日おめでとう、ソラ」
「……もう、何回も言ってもらいましたってば」
俺たちは、二人のように二人で目を瞑った。
「なんか、なぁ……あっという間だったよなぁ」
「私は……とっても、長く感じましたけど」
「まあ、そう。途轍もないほど長くもあった」
「もう、どっちですか」
「どっちもだよ。一瞬で終わる無限の時間、的な」
「また適当なこと言って」
「適当じゃないだろ、詩的だろ」
「詩人さんには、向いてなさそうですね…………。一年、ですか」
「一年、だな。……去年の俺、自分の誕生日スルーしたわ」
「………………」
「や、あの、あれよ。去年だけというか、もう何年も、その────痛てっ」
「……、……、……」
「違うんだよ、ごめんて。いや違くないけど、ごめんて。もう大丈夫だから」
「ほんとでしょうね」
「本当も本当よ。今年は……後日になるけど、少なくとも二回はパーティの予定がある。一個は一緒なんだから、証明も証拠の提示も要らんだろ」
「……全く、もう」
「それぞれ、だったよなぁ……そこは。なんというか…………」
「…………そう、ですね。似てない、似た者同士でした」
「まあ、明確に自分を蔑ろにしてたって部分では俺の方がダメダメか」
「……私だって、結局ちゃんと〝私〟を大切にできてませんでしたよ」
「そんなことないだろ。ソラは、なんというかこう……良い子、過ぎただけ?」
「なんですか、それ。……ならハルは、凄い人、過ぎただけですね」
「なんだそれ」
「知りません」
「はは、なんだそりゃ……────」
「今でも、そういうところは心配ですよ」
「…………どういうところ?」
「心が追い付いていないのに、どこへでも走って行けてしまう才能です」
「ないよ、そんなの」
「あるから、私に出逢ってくれたんじゃないですか」
「…………お互い様だろ? ソラだって、俺に出逢ってくれたじゃんか」
「……えへ」
「かわいい」
「似てますね、私たち」
「あぁ。全ッ然、似てないな俺たち」
「相性、良いんでしょうか。悪いんでしょうか」
「良い」
「………………」
「なぜ溜息なのか」
「即答過ぎて、軽かったです」
「そんなことないだろ。俺の重さを甘く見てくれるなよ」
「………………」
「なぜ溜息なのか」
「最初は、こんな人だって思ってなかったのになぁ……」
「なにそれ、どんな人だと思ってたの」
「………………」
「ソラ?」
「…………………………」
「ソラさん?」
「……………………………………」
「寝たとか言ったら俺は雄叫びを上げて涙と共に夜の街へ消えるけど────」
「素敵な、人だなって」
「…………」
「思ってましたもん。出会ってから、すぐに」
「………………過去形?」
「……ふふ、だって、今は────」
そうして、目を開けたのは、きっと同時で。
「────この人がいないと、もう生きていけないなって、思っちゃうくらい」
至近。薄闇の中で青空を湛える瞳が、俺を見ている。
「大切で、大好きな、人ですから」
俺を、
「素敵な人……なんて言葉じゃ、全然、足りないですもん」
心から……────愛して、くれている。
「好きですよ」
止め処なく。
「大好きです」
偽りなく。
「…………一生、一緒に、いてほしいです」
心に、蓋をせず。
目の前に在る大切な人が、自分の心を全て、俺に伝えてくれるから。
「好きだよ」
俺も。
「大好きだ」
熱に潤む瞳から、空に揺蕩う雫が零れ落ちないように。
零れ落ちたとしても、心と共に見失うことなく受け止められるように。
「……────愛してる」
一人の少女へ、矛盾なく最上にして唯一の愛を捧ぐ。
そして────ただ、一度。静謐な部屋に響く些細な重低音。
それは合図。俺たちが戯れ遊び目論んだ、俺たちのためだけの、無意味かつ重大な思い出の……未来で思い返して、笑い懐かしむためだけの演出。
定刻の報せ。
日付が変わり────4/1、00:00。
「………………誕生日、おめでとうございます。ハル」
「……ありがとう」
今日は、俺の誕生日だ。
斯くして……予定通り。
「…………私も」
俺たちが、まるで儀式のように執り行うのは────
「……あなたを、愛してます」
約束していた、プレゼント交換。
俺からソラへ、ソラから俺へ。互いの心を、一つずつ。
生涯、互いに手放すことなどないであろう贈り物を、約束通りに渡し合って。
「……………………プロポーズ、」
少女は、微笑み。
「……お受け、します」
そっと、抱き寄せた俺の額へ……可愛らしいキスを、降らせてくれた。
Happybirthday Haru & Sora.




