天体観測
────とはいえ、目前。
「……なに言ってんの? 先輩、もう名実ともに文句ナシの陣営三位でしょ」
「なお海洋恐怖症」
「それはそれ、としてさ」
どこまで遠くに来ようが、立ちはだかる困難に『個人的理由で』立ち向かえない。そんな事実を仮に公表すれば、世間には露骨な人間アピールとか何とかいって盛大に揶揄われてしまうのだろう。ままならないものだ……と、
疲れ切ったとて一日は終わらず、後輩一号と並ぶ夜の頃合い。
「自覚だって、今は十分に見えるけど?」
「そりゃまあ、その辺はしっかりしないと周りに失礼だろうし……」
場所は、すっかり通い慣れてしまった【青源の深域】────五箇所に存在する真っ暗な湖の内、プレイヤー主街区【セーフエリア】から最も近い一つ。
即ち今は失われた〝北国〟の跡地、その近場にて。
「でも、ゆうて戦力と貫禄は違うというか……? こう、強さに宿る納得感というか、安心感というか? そういう積み重ねみたいなものは、あれじゃん?」
「あれじゃんって言われても」
「ほら、いまひとつ? だったじゃん?」
「多分それ、先輩の独り相撲だよ。おつかれさま」
「わー……すげねぇ…………」
俺とテトラは賑いの輪から遠く……ヒト、ヒト、ヒトで溢れかえっている混沌とした湖畔の様子を眺めつつ、誰の知覚にも触れない影の中で駄弁っていた。
なにをしているかといえば、単純な話。
「まあ、なに。そういうのって、本人は大体そんなもんなんじゃない」
「なにそれ。経験談?」
「違うね。僕は自覚なんてする気もないから」
「つよい」
なにもしていない。これに尽きる。
【青源の深域】一斉攻略に向けて掲げた指針通り、参戦面子の《水精霊の祝福》取得に関しては先日ラスト二名……つまりミナリナの達成を以って完遂済み。
然らば一旦の息抜きということで関係者総員に渡された空白期間。俺も知人友人たちから預かっていた様々なタスクを消化したタイミングにて、暇になった折。
なんとなく、様子を見てみようと足を運んだ次第である────件の『御触れ』に文字通り触発されて、大いに盛り上がっているらしいプレイヤーたちの姿を。
ちなみにソラさんは昼頃に無事快復の報せを頂戴したが、大事を取って本日休み。ならばと特に誰を誘うでもなく、初めは一人で来ようと思っていた次第。
「なんにせよ、もう【曲芸師】を新参者と思ってる人はいないでしょ。少なくとも僕は『納得感』も『安心感』も勝手に持たせてもらってるけど?」
「お、なんだ。タクシー代のリップサービスか?」
つまり、テトラは俺が出発を思い立った場へ偶然に居合わせただけ。つまり自らが先輩と呼ぶ俺を後輩ならざる横柄さでタクシー代わりに使っただけだ。
目的地は、ここから更に数十キロほど離れた地点に在る例によって毒々しいスポット。お喋りに付き合ってくれているのは、俺が思うに送迎費用の代わりだろう。
おそらく、素材採集でも散々こき使われるはず。強かな自称後輩である────
「しないよ、そんな面倒な気遣い。────────……はあ」
して、そんな強かで気遣い屋な黒尽くめの少年が溜息を一つ。
その視線が、俺ではなく俺たちの真上……他ならぬ〝空〟を見つめ、他ならぬ〝空〟に向けて明確に感情を向けたのが読み取れたことから、その溜息が俺の面白くもない冗談に対して零されたわけではないことは察せられる。
然らば、俺も。
「……まあ、いい加減、見飽きてきたよな」
「だね。流石に、そろそろ鬱陶しい」
最近は常日頃のように思っていることゆえ、簡単に察せられたことに並ぶほど同調も容易。あの日────『緑繋』攻略第二幕を終えた日から〝青〟を失い続けている真っ暗な空へ溜息を重ねれば、テトラも当然のように同意で答えた。
言わずもがな、珍しい様子。それだけ言葉通りの心情なのだろう。
「別に、晴れた青空が好きってわけでもないけどさ」
「クラン【蒼天】設立メンバーの発言としては如何なものか」
「夜だって夜ですらないし、風情の欠片も無いよね、これ」
「ほんで風情ときたもんよ、この後輩」
概ね、テトラの言葉通り。
そして、そんな感情は遍くプレイヤーが今に至り抱いている共通のモノだろう。
あの日から色を失った〝空〟は、輝く星々の浮かぶ様だけを見れば星空、夜空のようにも目に映る────が、決してアレは『空』なんかじゃない。
少なくとも、俺たちが知るアルカディアの星空などではない。
なぜって、星々が息を止めているから。
仮想世界アルカディアの『空』において、輝く星たちは絶えず遊び回っているのが常識。けれども色が失われて以降、全ての煌めきは大人しく並ぶまま。
まるで、時が止まっているかのように。
「僕は好きだったよ、夜は見上げれば退屈しなかったし」
「まあ、賑やか過ぎてジッと見てると目がチカチカしてくるけどな」
ネタにされたり、考察勢のオヤツにされたり……なんだかんだアルカディアンに愛されていたと思しき星空も、空の括り一纏めに長らく姿を消したまま────
「アレを落とせば、元に戻るのかな」
その推定元凶、時を止めた空に居座る蒼々とした〝青〟を見つめて……というか、先の言葉通り鬱陶しそうに。目障りとでも言わんばかり、テトラが呟く。
さて、その答えなど当然のこと俺は持ち合わせていないが……。
「俺も文句は言えるもんなら言いたいから、本番が水中じゃないのを祈ってるわ」
「はいはい。前哨戦は僕らに任せときなよ」
まあ、なんでも頑張れば何とかなるのだろう。
未知は山盛り、理不尽も特盛り、されど俺たちプレイヤーの期待を裏切らないのが仮想世界────ゆえに、長らくの暗闇を脱した時。
「……さて、そろそろいい? 早く行かないと今日は徹夜になるよ」
「おい待て、どんな魔境に連れ込もうとしてる。おい」
見上げた空が、現実世界など及びもつかない景色を魅せてくれることを。
例によって期待しながら、駆けていけばいいだろう。
ゲームの中で、仲の良いフレンドと不意に二人きり。
なにをするでもなく、作り物の風景を眺めながら、ただただ適当に駄弁り続ける。
当人たち以外には無価値で、当人たちも気付かない至福の時。
それはそれとしてヒロインを出せ。
テトラ君もヒロインみたいなもんか。ほなええか。




