春空恋度
「「────…………………………」」
斯くして、リセットされた空気感は例えるならば何色か。
「……ハルの、そういう、ちょこちょこ肝心な部分で格好が付かないところ」
「はい」
「わざとやってるのかなって、たまに疑い始めてますからね。私」
「面目ないのだけども、恥ずかしながら素でございます……」
見分けるのも表すのも、まあ難しいこと。相棒だったり、男子だったり、女子だったり……中々に複雑な関係性の俺たちらしく、幾つもの色が重なり混沌の様相。
しかしながら、
「もう……、…………」
クシャミに際して跳ね起きた俺の袖を、クイと引く小さな手。文句を言いつつ、呆れつつ、勢いよく押し倒された格好のままで俺を見上げる空色の瞳。
そして、そんな少女に目も心も吸い寄せられるように惹かれる俺。
色は、ともかく。
「…………流石に、マズい気がするんだ。いろいろと」
「……ハルが、したんじゃないですか。中途半端なまま有耶無耶にしないで」
熱に関しては、見分けるまでもなく直に肌で感じている。
だから、袖を引かれるまま。俺は再びベッドへ身体を倒した。
「「………………」」
至近。今度は流石に覆い被さったりしなかったが、真隣。枕の両端に頭を置いて、近過ぎて逆に顔が上手く見えないような距離で……互いを見るでもなく。
目を閉じて、見つめ合う。
どちらからともなく手を伸ばして、互いの中間で擦れ違わずに指先が絡んだ。
そうして、そのまま。暫く静かな時が続いて────
「……ハル」
「……うん」
名前を呼ばれて答えれば、俺の掌をソラがくすぐる。
意味なんてない甘やかな戯れで、互いの心を満たすように。あるいは、言葉に言葉以上の温もりや信頼を乗せようとするかのように。
「…………あなたが、好きです」
「…………俺も、君が好きだよ」
決して、告白ではない。確認ですらない、知っていることを呟き合う。
「……ハルが、ここで。自分のことを話してくれた時」
「うん……? うん」
然して、絡め合った指先でも同時に想いを語らいながら。目を閉じたまま、互いの息遣いに心を落ち着けながら、穏やかに穏やかに言葉を交わす。
「その……泣いちゃいそうに、なったんです」
「…………俺の自語りにってわけではないけど、実際に泣いてはいたような?」
「っ……ですから、あなたの自語りにも、泣いちゃいそうになったんですよ」
相棒としての、戯れも挟みながら。心親しい者同士の、冗談も交えながら。
「この人は、どこまで……私にとって、心強い人なんだろうって」
時を経て蘇った感情を宿してか、僅かばかり震える声音を受け止める。
「私だって、いろいろ、乗り越えて歩き出せていたつもりでした」
「…………」
「でも、結局、全然。心の奥では、みっともないくらい、引き摺っていて」
「………………」
「〝私〟は、誰なんだろうって。……ううん、そうじゃなくて、この〝私〟は、此処に────この身体に。空の身体に居て、いい存在なのかなって……」
震えながらも、怯えながらも。
決して逃げる素振りは見せず、俺の手を握り続ける熱に寄り添う。
「ハルと、同じ」
些細な振動、そして────俺の額へ、おそらくはソラの額が触れる。
「一人で上手に乗り越えたフリして、歩いてた私を……あなたが」
そっと、目蓋を持ち上げれば。
「思いっきり、揺らして、躓かせて、転ばせて……手を取って、くれたから」
やはり、空色の瞳が俺を見つめていた。
「…………半分以上、悪いことしてない? 俺」
「ふふ……当然です。ハルは悪い男の子、なんでしょう?」
あまりにも真っ直ぐ見つめられているものだから、ほんのり気恥ずかしくなって無意識に視線を逸ら────そうとするも、ゼロ距離ゆえに逃げ場ナシ。
「……でも、大人ぶって、達観した気になって、なにもかも吞み込んだつもりになって、結局は自分が嫌になって、勝手に沈んでいっちゃうようなダメな子には」
一面の青空が如く。目の前で輝く瞳が、俺を魅せながら。
「どうしようもないくらい、あなたは素敵な悪い人でした」
その目に映る、俺を告白する。
「あなたは、自分を見失って。私は、自分が見えなくて」
「…………」
「あなたは、振り切って歩き出して。私は、逃げ切って歩き出して」
「…………」
「あなたは、迷っても走り続けて。私は……迷ったら、途方に暮れて」
「…………」
「……とっても似ていて、ちっとも似てない」
「………………」
「あなたが話してくれたこと全部。見せてくれている姿、全部────ハルが知った気になっているよりも、ずっとずっと……私の勇気に、なってるんですよ?」
その目に映してきた、俺の姿を。
「私よりも、ちょっとだけ強い。ほんの少し、生きるのが上手なハルの姿が……全部、全部、私の心強い道標になってるんです。知っていましたか?」
鼓動が届くような、そんな距離で。熱に満ちた、瞳と声音で────
「ソラ」
「はい」
然らば、俺は。
「結婚してくれ」
「………………台無しです。ハルのバカ」
なんか知らんが、タイミングを盛大に外したらしく。
「えぇ…………いや、えぇ……なに、完全に愛の告白だったのでは」
「そうですけど、違います。今のは今じゃありませんでした」
「そうですけどって言った? プロポーズの返事と受け取っ」
「らないでください。あと近いです、まだキスはダメですからね」
「まだって言った???」
「近い! ですっ!」
「そも、超接近してきたのもソラからじゃん……!」
指は解かれ、華奢な両手が遠慮ナシに俺の顔を遠ざける。
プロポーズは流され、ダメ出しまでくらい、可愛い天使の顔は遠ざかり枕からは叩き落とされて散々だ。これが空気の読めない男に対する世界の意思かと溜息を零しつつ……────しかし、されども、だがしかし。
「……おぉ、なんとも」
「なんですか」
「なんでもございません」
甘やかな熱が霧散したかと言えば、そんな事実は欠片もなく。
先程の逆転、流石に馬乗りなんて『お嬢様』的NG行動筆頭はしたない真似はしないまでも、身を捻り俺をベッドに押し付ける体勢にてソラが視界一杯。
「……もう半分、諦めてはいるんです」
「…………とは?」
然して、迫真のジト目。それは患う微熱によるものか、はたまた別の理由が主たるものか。朱色に上気した頬を晒しながら、天使が馬鹿を堂々と見下ろす。
「私、もうハル以外の男性に恋なんて絶対できっこないですし」
「………………そ、えー、と……」
「ハルだって、きっと……そ、その…………わ、わたっ……、なんでもないです」
「まあ、うん、そうだね。ソラなしでは生きていけないかなぁ……」
「こういう以心伝心は、いりませんっ!」
と、ベシリ。顔面に天の裁きも貰いつつ。
「…………もう、どうしようもないじゃないですか。きっと、私たち────」
華奢な指の隙間から覗く、堪らなく愛らしい表情を、
「────どうあっても……一生一緒に、いるでしょう?」
堪らなく愛おしい確信の声音と共に、余すことなく享受する。
「………………だ、……」
「……だ?」
「っ……、………………だ、だから」
「………………だから?」
斯くして……いろんな意味で死にそうになっている俺を、ソラが引っ張り起こす。起こして、改めて対面。寄り添うように、しかし確かな言葉を伝えるため。
僅かな空白を挟み、俺を見据えて少女は呟く。
「…………………………誕生日」
ぽつり、と。
「もうすぐ、でしょう……?」
「……そ、うだね。お互いに」
零れ落ちた言葉を、取り落とすことなく掬い上げれば、
「順番、も……その、ちょうどいい、じゃないですか?」
「……?」
「だから、あの…………」
流石に、断片的が過ぎて察せられない。それはソラもわかっているだろう、怒りはしないまでも……けれど、もどかしそうに。
恥じらいに灼かれるように、首元までをも朱に染めながら。
「ぷ…………────プレゼント、交換を、しましょう」
「…………?」
「ま、まず、ハルが私に、改めて。あの、はい」
「……?」
「そしたら、私が、あの、順番……」
「…………」
「私が、返し、ますから…………」
「………………」
「……受け取って、いた、だけると………………」
…………………………………………………………………………────ッ!!!
「ぇ、あっ」
なんというか、察した自分を褒め称えてやりたいレベル。おそらく意味を誤っていないという確信まで含めて、流石の以心伝心と称賛してやりたいレベル。
きっと、俺たち二人の間だからこそ通じた曖昧な言葉遊び。
で、あればこそ。
「ぇ、あっ……あッ、え゛ッッッ……!!!!!」
正確にソラの真意を捉えた俺は、理解からコンマ一秒で無事に狂い────
「…………あの、ハル」
「はいッ……‼︎」
「……お顔が怖いので、一旦、出て行ってください」
「はい!」
お利口に身の危険を感知したソラに、容赦なく部屋を追い出された。
……勿論のこと、
「ソラさんッ!」
「は、はい」
「約束っ! で、いいんでしょうかッ……‼︎」
「……今日のハル、本当に全然かっこ良くないです」
「いい────」
「いいですから! 早く頭を冷やして来てくださいっ!」
「はいッ……‼︎」
約束の指切りだけは、忘れずに。
ということで、続きは何やら近いらしい誕生日とやらに。




