春空深度
「それで、えと……私が、体調を崩してしまうことについて、ですけど」
「…………あぁ、うん。それな。それについての話だったな」
然して、紆余曲折……ではないか。理解や納得へ辿り着くのに必要だったと思しき『来歴』を語ったソラが、発端となった問いの答えに移る。
「私が……その、なんと言いましょうか。〝治療〟を受けた【Arcadia】は、今の私が使っているゲーム用の物とは違う……その、特別製……というか」
「……プロトタイプ? 試作品ってより、機能爆盛り原初の第一号的な意味で」
「ぁ、そう、ですね。ではプロトタイプで────えと、つまり、ゲーム機としての【Arcadia】には魔法のような治療機能は備わっていないはずです。でも、同じ技術というか、縮小版みたいな機能が……その、ご存知の通り」
「『アルカディアプレイヤーは基本的に病気をしない』……意味不明原理不明詳細不明、実在認知済みの都市伝説こと体調管理システム様か」
正直なところ、取り繕いようもないくらい動揺は続いている。
「いや、管理ってよりも保全、か? 病気しない、体調崩さないどころか、俺なんてリアルで運動なんかしてないのにバイト時代の筋肉そのままだし」
「……、…………」
「……こら。ペタペタ触らない」
けれども、と言うべきか。だからこそ、と言うべきか。
言葉を交わすのが、心地良い。確かに今ここに居るソラと、わざとらしかろうが何だろうが会話をすることで満たされるのを感じる。落ち着いていく。
「え、えとっ……そ、はい、そうですね。ハルの言う通り、そんな感じで……ただ、ソレは────『管理』と『保全』は、別々の機能だと私は思っていて」
「別、々とは」
「じゅ、順番に。まず、体調管理から説明しま────」
どうにもこうにも、話にギリついていけてねぇのが情けねぇ。
どうにもこうにも、一生懸命に説明するソラさんが愛おしい。
そんな具合に二分した感情で、言葉は返しているものの容量超過。ぼけっとした間抜け顔を隠すために改めて華奢な身体を胸に抱き寄せれば、
「……、……っ」
嬉しそうな吐息を一つ、ソラは隠さずに零した後。
「────しま、す。こっちが、病気をしたりしない理由。プロトタイプに備わっていた『治療機能』の縮小版……機能制限版、なのかなって」
「急な感染症とか重病とかは無理だけど、風邪くらいなら撃退してくれる?」
「そのくらい、ですよね。勿論、私は仕組みなんて知らないんですけど……」
今更のことだが、夢物語のようなことを疑いもせず連ねていく。
────疑いもせず、そりゃそうだろう。ソラが言う『そのくらい』なんかを遥かに超越する〝魔法〟で以って、生を受けた存在ご本人様なのだから。
「それで、次は『保全』です。これについては……、…………あの、管理よりもっとずっと現実味がないというか、とんでもないことを言い始めますが」
「っは、はは。今更だろ、はは……」
本当に、端から端まで、今更なのだ。
後から追い付くから……少なくとも、追い付く努力をするから、俺の理解度云々は一旦放置して続けてくれと。白旗お手上げの意を籠めた声音で先を促す。
然らば、慰めなのか何なのかソラは軽く俺の背を擦りつつ────
「え、と……私、言いましたよね。六年前からの記憶しか持ってないって」
「言ったね」
確認を、一つ。
「つまり、私が目を覚ましたのが、六年前という意味なんですけど」
「だろうね」
もう一つ。
「それから、目を覚ますまで四年、とも言いましたよね」
「言ったね」
そして、もう一つ。
重ね重ねて、確認を施された俺は……。
「………………ぁ?」
如何に思考が鈍っていたかの証左。遅れ過ぎなくらい遅ればせ、特大の違和感および矛盾に気付いて反射的に腕の中────少女の姿を、まじまじと見る。
十歳から、眠りについて四年。
そして、目を覚ましてから更に六年。
「…………えへ……────年上に見えますか? 私」
「……………………見え、ない……です」
自然。口から零れ落ちた返答によって、俺は頬を抓られた。
いや、だって流石に……流石に、どっからどう見ても二十歳には見えねぇよと。
「コールドスリープ────いえ、冷凍ではないらしいですけど」
「………………」
「治療中、歳を取らなかったらしいです。私の身体」
「………………」
天を仰ぐ。
空は見えず、そこそこ見慣れてきた相棒の自室、その天井だけが視界を埋める。
「……これに関しては、そのまま『タイムマシン』ですよね。ふふ」
「『ふふ』じゃ、ない、んだよなぁ…………」
なんというか、うん、わかるよ。ソラもソラで『経験談』であるがゆえ当たり前のように〝事実〟を語っているが、それはそれとして諦めの境地にあることを。
ソラ自身も、諸々について思考をハテナで埋めていることを────ただただ事実にして真実であるがゆえ、語れてしまうだけであるということを。
「だから、はい。つまりは二つの技術の併せ技で……」
「プレイヤーの身体は、健康かつ最善の常態に保たれている、と……」
「なのかなって、思ってます」
即ち、実のところ二人揃ってやけっぱち。結局のところ【Arcadia】という存在が如何様に〝魔法〟を実現しているのかは不明なままであるからして、わからない部分は一から十まで『わからない』ままなのだ。俺だけではなく、ソラも。
これまで散々ソラが仮想世界のアレコレに驚き呆れ慄いていた、そんな記憶の数々。そういったものと、コレも何ら変わりがないということだ。
不明存在【Arcadia】は、いまだ不明なままである────とはいえ、
「私も、ちゃんと保たれているんですよ」
俺が欲した答えについては、しっかりと持っているようで。
「…………、……」
どう、受け止めればいいものやら。
間違いなく、元を辿って考えればネガティブではなくポジティブに見るべき現実。けれども、どうしようもなく残酷にも感じてしまう辛辣な現実。
「ゼロからの、プラスか……マイナスからの、ゼロです」
つまり、ソラの身体は。
普通である今こそが、魔法の恩恵を十分に受けている状態。
「そんな顔、しないでください」
「ごめん……いや、うん。や、なんというか…………」
ソラの顔に、切なさに類する感情はゼロ。困った顔で微笑む少女は、表情でも声音でも……自分のことを可哀想だと思っていないことを、嘘偽りなく伝えてくる。
その通り、普通を奇跡と正しく受け止めて、最上の幸福を享受している。
そうとも────ならば、俺の『そんな顔』は最大級の失礼だ。
「…………ごめん。大丈夫、なんだよな?」
「はい、大丈夫です」
「保たれてるって、その……【Arcadia】がないと」
「死んじゃう、なんてこともありません。これ以上の魔法は掛けられないってだけなんだと思います。……実際、目が覚めてから十五歳までの間も平気でした。五年間、私はプロトタイプにも【Arcadia】にも触れずに生きてきましたから」
「………………」
「…………っもう! 安心させるために、ハッキリ言ってるのに……!」
だろうとも。しかし、失礼だとしても。
「後で、お父さんにも詳しい話を聞いてくださいっ! 今の私は、この私は……────あ、あなたの〝私〟は! 元気に風邪を引けちゃうくらいっ!」
なんかもう泣きそうになっている俺の顔を、ソラは両手で挟み込んで、
「普通の! 女の子なんですっ! ご不満ですかっ‼︎」
それこそ、元気に体調を崩せている証拠なのだろう。
熱で赤らんだ顔に、辛さだけではなく活き活きとした生気も湛えて。ただただ俺を励ますためだけに、らしくなく慣れもないであろう怒声を叩き付けてきた。
可愛らしい、怒りの声を。
「……ソラ」
「……なんでしょう」
あぁ────
「……抱き締めていい?」
「……お好きにどうぞ」
この子が、狂おしく愛おしい。
────頬を挟むソラの両手を優しく払い、
「ぇ、わっ……!?」
その後は、全く優しさも余裕も遠慮も容赦も理性もなく。
「あ、の……ッ……! ハル────」
抱き締めるまま、少女の華奢な身体を押し倒してしまった。
「────好きだ」
「へぅっ……!?」
耳元で囁けば、か細い悲鳴。
勿論、身体を痛めないように。どこかへぶつけたりしないように、圧し掛かったりはしないように、必要最低限の配慮は無意識に成立させたが────
重ねて、優しさは今の俺には難しくて。
「ほんっと、もう、ほんッ…………と、さぁ……‼︎」
「あの、ぁっ、あのあのあの……! お、落ち、落ち着いてくだっ……!」
普通だというのなら、元気だと言うのなら、心配ないと言うのなら……あぁ、そうさ。大丈夫だって言うのなら、どうぞ頑張って受け止めてくれと言わんばかり。
「ほんッッッ……………………ッと、……………………」
「っ……、…………」
自覚を、深めて。
揺れる声音を、晒して。
「……どこにも、いかないでくれよ」
「………………ハル」
安堵とか、恐ろしさとか、諸々、全部。
隠さず全ての想いを籠めて、乞うように。ただただ願いを捧げる。
「……俺の、傍にいてくれ。ずっと」
「………………」
驚き、慌てて、反射的か否か俺を押し退けようとしていた少女の手が、
「もしソラが、どっか行っちゃったらさ…………俺の方こそ、死んじゃうぞ」
「…………………………もう」
俺を抱き、受け入れる。
そして────至近、空色の瞳と目が合って。俺は……。
「……なんだか、全然かっこよくないです。今日のハル」
「……なんでもいいよ、君が好きだ」
なんかもう、いろいろと、わけがわからなくて。
自分でも『なんだこれ』と戸惑うしかないほどの感情に、頭の中も胸の中もゴッチャゴチャに掻き混ぜられるまま────
「……、………………………………ごめん、ちょっと待って、クシャミ出そ……」
「へ……? っ!? ちょ、ダメっ! あっち向いてくださいッ!?」
重ねて、至近。いつからか随分と伸びた綺麗な黒髪に鼻をくすぐられ、五秒後。
盛大なクシャミで、意図せず場の空気をリセットした。
『普通の! 女の子なんですっ! ご不満ですかっ‼︎』(二階から響く声)
「あらあらあら……」(一階リビングにて紅茶を嗜みつつ微笑むメイド)
『ぇ、わっ……!?』(二階から響く声&ささやかな震動音)
「あらあらあらあら……!」(思わず立ち上がるも数秒後に座り直すメイド)
『────────』(二階から届く沈黙)
「…………ふむ」(結局なにも事件が起きないであろうことを予知したメイド)
『へ……? っ!? ちょ、ダメっ! あっち向いてくださいッ!?』
(二階から響くシリアスが過ぎ去りコミカルに満ち溢れた声&盛大なクシャミ音)
「うふふ……」(予知的中を確信して一人ドヤ顔で微笑むメイド)
次回お砂糖。備えて。




