不意
大切な人に尽くすという予定は、ある意味で人間にとって最大級の有意義。
自分にとっての他者が居なくては、その他者が自分の心を配りたいと思える者でなければ、そして捧げた心を快く受け取ってもらえるほど親しくなければ、成立しない。する意味がない、しようという択さえ湧かない『交流』という名の贅沢。
人の性質によるのだろうが、どうやら俺は〝それ〟が好きだ。
家族……つまり多くの人間にとって親しくて当たり前、好きでいて当たり前である存在以外の他者を好きになれてから、最近それを強く自覚した────
つまるところ、相棒の応援メチャ有意義って話。
ソラさんが健気に、それでいて楽しそうに……でもって、喜び勇んで付き合う俺に対して嬉しそうにもしてくれるもんだから、一旦こうなると歯止めが利かない。
それゆえ、昨日は結局終日まで。
一日共演NGに設定した赤青ちみっこセットを他所に、無限が如き居心地の良さを堪能するまま気付けば朝から、もとい昼から晩まで共に過ごしてしまった。
決して状況に則さぬサボりではなく、状況に則った特訓ではあるのだが、馬鹿らしい話『幸せ過ぎて大丈夫か』みたいな罪悪感を僅かに抱きつつ、夜。ちっぽけな罪悪感に蹴りを入れるような満ち足りた心持ちで、ベッドに入り────
「────………………………………、……ん゛ん゛ッ……!?」
昨日の今日、つまり翌日。俺は幸せの微睡から不本意かつ強引に釣り上げられるような、決して愉快とは言い難い目覚めを迎えた。
布団を蹴飛ばしたりはしていない。即ち素敵な温もりは、いまだ此処に。けれども、だからどうしたと言わんばかり襲い来る不快感というか危機感は足元から。
然らば、温もりに縋るように身を縮めて。断腸の思いで単身遠征を強行させた片手が、枕元から確かな戦果を安寧の地へと持ち帰り……。
「……………………は、冬……?」
昨日、からの今日。
俺は表示した『本日の天気』に表示されている数字を片目で見やりながら……流石に三月末という時期に見合わぬ馬鹿げた気温設定に、地球の正気を疑った。
◇◆◇◆◇
「今日、バカ寒くない?」
「寒かったです……!」
で、昨日とは違い目覚ましは掛けていたのだが、んなもん必要ねぇとばかり寒さに叩き起こされたのが早朝五時過ぎ。二度寝をかまそうか悩んものの結局は起きることにして、のんびり朝食諸々を済ませたりと優雅なモーニングを過ごした後。
朝八時。俺は極自然どちらからともなく声を掛け合い待ち合わせたソラと、クランホーム内の【剣聖】様ホーム縁側にて────
「いやもう、最近そういうとこあるよね地球。やばやば」
「加減を知ってほしい。身体がビックリする」
────二人きりで平和な時間……とは、今日はならず。
聞くに一時間前、つまり朝七時頃からログインしていたらしいミナリナを交えて四人。熱くも寒くもなく真に究極の居心地たる剣聖の居城で駄弁っていた。
朝六時からキッチリ三十分、ルーティーンの『素振り』だけして現実へ帰っていく我が師とは今日も擦れ違い。一昨日の用事が続いているのか否か、昨日は定時以外ログインしてこなかったが今日は如何だろうか────と、
「……、…………────くしゅっ……!」
「え?」
「ん」
「おっとぉ?」
とりあえず本日も相棒の特訓を優先するつもりの俺。そんで本格的に『日常の過ごし方』を持て余していると思しきミィナおよびリィナ。思考は全くの別々だが〝平和〟という共通点に浸り、のほほんと風に吹かれていた俺たちの只中。
ソラが、くしゃみをした。
「……ソラさん?」
「…………、……っ」
珍しい、事象である。
現実に迫る仮想世界アルカディアでも当然のこと、くしゃみはできる。いやできるというか、たとえば豪雪地帯やら氷河地帯やら超人アバターでも平然としては居られない極寒の環境などで、デバフに応じて強制させられたりすることはある。
けれども基本、しようと思わなければ自然と出たりはしないもの。
それは俺でも知っている仮想世界の常識であり、即ち寒くないフィールドにて飛び出す『くしゃみ』には大体二通りのパターンがあるということも知っている。
まず一つ、わざと。
別に理由なんてなんでもいい、何かしらの必要性あるいは演技に際して「クシュンっ……!」とか「ぶぇっくしょいァ‼︎」とかやるパターン。
勿論、んなことを突然ソラがやるとは俺も、誰も思わないだろう。初めて聞いた気がしないでもない可愛いが過ぎる『型』と併せて、そんな恥じらう必要はない。
そう、恥じらう必要こそないのだが……。
「「お兄さん」」
「わかってる、ちょい待て。────こら、ソラ逃げるな」
「ぅ……」
だからこそ、ミナリナも俺も真面目な顔してソラを包囲した。なぜって、そんなもの言わずもがな────二つ目のパターンが、ハッキリ明確に問題だから。
つまるところ、
「……………………その」
「………………」
「は、ハル……? あの、ど…………」
「………………」
「どう、でしょうか……」
この通り、額に手を当てれば世界越しでも【Arcadia】が伝えてくれる異常。
普通のゲームであれば機器的にも技術的にも実装することは不可能というか、逆に実装されてたら「どういうこと???」と正気を疑うであろう、その名も『体温計』という便利システムにより……俺の手を通して、読み取れてしまう異常事態。
視界端、表示された数字は……────
「…………37.5℃」
「……ぇー………………」
「ソラさん」
「ぅ……は、はい」
「皆まで言わずとも……?」
「わ、わかりますからっ……! そんな、怖い顔しないで……っ!」
とまあ、このように。
アルカディアにおける平時の『くしゃみ』が示す可能性、二つ目。
単純明快な、リアル体調不良である。
二度目だね。




