そして時は動き出す
────で。まあ、その後いろいろとあって。
睨み合いもそこそこに『なにが序列持ちだ私は三枝ひよりだぞ(?)』と沈黙を破った三枝さんが、俺には全く太刀打ちできない幼馴染マウントで精神的に暴れ出したり。そのままの勢いで『そうとも思い知れ私は三枝ひよりだぞ(???)』と、謎に予め用意されていた彼女のグッズ諸々を段ボール(特大)詰めにて有無を言わせず叩き付けてきたり。あーもうなんかアレお腹空いたからラーメンでも食べに行くよと、それまでの流れ全無視で唐突に午後三時のラーメン行へ連れていかれたり……と、そんなこんな。本当にアレコレいろいろとあって、数時間。
なんとも言い難い、しかし間違いなく有意義な時間を経て────夕刻。
「じゃ、私は私の大親友を可愛がりに行くので」
「じゃあ、俺も俺の好きな人の顔を見────」
「はいダメーっ! 年功序列だもーん!」
「えぇ……」
俺は三枝さんに連れられ昼過ぎに出発した四谷宿舎へと、また彼女の車に揺られて無事帰還。今度は共に車を降り、宿舎入場の後に廊下でグダグダと戯れていた。
流れが流れだけに俺もニアの顔が見たくなっていたのだが、三つ上の年齢を笠に着た年功序列とかいう謎理論で同行は許されないらしい。パワハラだろコレ。
「へーんだ。キミは私の歌を聞いたりアニメを見たりして勉強しとけばいいんだよ。知っての通り私の影響でニアちゃバリバリのジャパニーズ二次オタですからね、トークについてこれないとか言語道断ですよ精進したまえ沼に落ちなさい」
「アニメって、三枝さん一瞬しか出演してないって話じゃ」
「一瞬じゃないです三分ですー! 三分で人気投票ランキング入りしちゃったし原作では無かった名前まで貰っちゃいましたー! 作者さんから原作とコミカライズとアニメブルーレイ全巻まとめて送られて来たよ怖かったよ少しだけ!!!」
「どういうテンションなの。程々にしとかないと後で撃沈するのは己だぞ」
とはいえ、なんだかんだ不機嫌とは言い難い……まあ、うん。不機嫌ではないんじゃないかなと思しき様子を、三枝さんは『宣戦布告』より継続中。
はたして、俺たちが一体どういう関係性になったのか。今はまだ俺には、そしておそらく三枝さんでさえも正確に飲み込めてはいないのだろうが────
「では、そういうことで!」
「どういうことで……?」
それは見慣れない、おそらく武器としての笑顔。
彼女自身が押し付けた特大激重段ボールを抱えたまま苦笑いばかりの俺に対して、威嚇するように……同時に、気のせいでなければ。
「今日は、お付き合いいただき、ありがとうございましたっ!」
ある種、信頼と言えなくもないかもしれない色を滲ませた芸達者な満点の笑みを残して────三枝日和は、ぷいと顔を身体ごと背けて去って行った。
……まあ、去って行くと言っても。
「………………あっかんべー、て。リアルで初めて見たぞ」
これ見よがし『ほれ羨ましかろう』みたいな所作で扉を開け閉めした彼女が姿を消したのは、俺の部屋から徒歩数秒の隣室なわけだが……と、
「……っは、仮想世界なら視界撮影してやったのにな」
敢えて言うのであれば、悪くない。
将来的に如何様な形へ定まるのかなど知る由もないが、少なくとも今の状況だけを見るのであれば……元気にハッキリ敵対してくれるだけ、有難いまであると。
それは苦笑いだったのか、それとも苦くない笑みだったのか。
自分でも判然としない感情と独り言を零しつつ、俺は言い付けられた通り『勉強』でもしておくかと────大人しく、自分の部屋へ帰ろうとした。
そのタイミングで、扉が開く。
「っと……?」
俺の部屋、ではなく。静かに開け放たれたのは隣室の扉。
然して、それは今しがた三枝さんが当然のように取り出した合鍵で侵入していったニアの部屋でもなく……逆隣り。つまるところ────
「…………」
「アーシェ? どした……ぁ、と、ただいま?」
現れたのは光あれば煌々と、光なくとも粛々と輝く純白を晒した、無表情の姫君。然して、言葉なく俺を見たアーシェは、数秒ほど感情の窺えない瞳で……。
いや、まあね。俺くらいにならなければ感情を読み取れないであろう、つまるところ俺の目にはハッキリと『不機嫌』かつ『消沈』していると見える顔で、
数秒ほど、俺を見つめた後。
「お?」
動く。即ち、こちらにスタスタと歩み寄り。
「お?」
ヒョイ、ストン。間違いなく女子にとっては結構な重量であろう『三枝ひよりスペシャル段ボール』を空箱か何かのように軽々と奪い取ってから丁寧に床へ置き。
「…………お、おぉ……?」
無駄のない謎の動きで空けた俺の前面、つまり胸元への頭突きで締め────愛を以って言い直すとすれば、完全なる『甘やかせ』の姿勢が唐突に顕現。
なにこれ。なにがあったのかは知らんけど、とりあえず考察する気を丸ごと溶かされ思考停止も止む無しなくらい馬鹿かわいい愛おしいとアホになる俺を……。
「………………失敗」
ぽつり。
他ならぬ俺の『お姫様』が、零す呟き一つにて現実へと引き戻す。
「……、…………ぁー……っと」
本日は、水曜日。つまりは俺がアーシェを────【青源の深域】攻略部隊を真っ暗な湖畔へと送り届けた日を月曜を含めれば、三日目。予定期間最終日。
言うなれば、あれやこれやと問う必要も、疑問を浮かべる余地もナシ。
失敗。
その一言が意味するところを正しく、間違いようがなく察して、これは一体なんと言葉を掛けるべきなのかと戸惑う俺に寄り掛かりながら……。
「…………攻略、失敗した。要、会議」
意外といえば意外。らしいといえば、らしい。
欠片も隠すことなく、少なくとも俺の目にはそう見えるほど落ち込んだ様子のアーシェは、ぽつりぽつりと報告を呟いて────
「………………………………物凄く、不愉快。いっぱい甘やかして」
「………………りょ、了解……?」
とりあえず、といった感じ。精神力の充填を、他ならぬ婚約者に依頼した。
なお一方その頃、またしても何も知らないリリアニア・ヴルーベリ嬢。
突如として嫉妬その他諸々でテンションがおかしな親友の来襲に遭い隣室にて「?????」と無限に首を傾げるまま謎に死ぬほどヨシヨシ甘やかされ中。




