ひよこの休日:Part.7
「……────とまあ、はい。大体そんな感じで」
そして、俺は語り終えた。
どうでもいいところや端折るべきところ、馬鹿正直に曝け出す必要がないだろうと判断した部分は置いとくとして……おおよそ、しっかり一時間ほどを掛けて。
結果、俺の前にいた閻魔大王様は……。
「…………………………」
この通り、なんとも言えない顔で呆けたように。無言のまま俺を見ている。
どこまで話したのかってのは────
「まとめると、俺は自己認識やら諸々が滅茶苦茶ひん曲がってたんだよね」
それはもう、三枝さんから求められた通りの〝全部〟を。
今だけではなく遠い『過去』まで遡って、俺という人間を丸ごと叩き付けさせていただいた。まさしく真っ向から投げ返したのである。
同じく、過去を以って己を知らしめた三枝日和と同じように。
「だから、まあ、対抗するわけじゃないけどさ。そんなつもりはないけど」
勿論のこと、俺の来歴から切っても切り離せない『家族』のことも包み隠さず明かしている。即ち決して楽しい話でも、三枝さんとニアのような最終的に各々の幸せに辿り着いている話でもない、つまらぬ自語りになってしまった。
ゆえに、毒気を抜かれた……といって正しいのかは微妙だが、地獄の裁判長からギリひよこの範疇に気迫を鎮めた三枝さんの内心は、如何なるものかと。
不幸自慢に思われていないといいなとか、俺に願えるのは精々その程度だ。
────然して、
「話した通り。ある意味では俺も三枝さんと同じだよ」
過去から今へと繋がる全てを……何もかも吹っ切ったつもりで何一つ吹っ切れていなかった俺が、仮想世界へと飛び込み、誰と出会って何を感じてきたのかを。
三枝さんとは到底のこと比べられない、下手な語り口で連ねた末の結論。
「ソラは、俺の恩人なんだ。あの子が俺と出会ってくれて、ずっと隣で俺を見ていてくれたから、俺もソラの目を通して誤魔化せない自分を見つけられた」
蔑ろにしてはいけない、大切な人が大切にしている人の前で。
「アーシェも、俺の恩人なんだ。あいつが目の前の……本当に、ただひたすら俺の今を全肯定して『俺に救われた』なんて言うもんだから、俺の方こそ救われた」
彼女にとって大切な人ではない、俺にとっての大切な人たちを躊躇わずに語る。
そして、
「ニアだって、そうだ」
無礼千万。張り倒されたって文句はない。────けれども、誰に詰られようが叩かれようが覆すつもりはない俺の〝答え〟は何度、誰に語ろうとも変わらない。
「ニアは、ずっと一杯一杯でさ。ソラやアーシェみたいに心の中を見透かして、俺の手を引っ張るなんてことはしなかったけど────でも、だからこそ」
俺にとっての『かけがえがない』は、
「がむしゃらに俺のことを追い掛けて、ずっと俺の背中を押してくれたんだ」
もう、一つになんて納まらないから。
「ソラが、俺の過去を。アーシェが今を。……それで、多分、ニアが未来を赦してくれた。わかんないけど、そんな気がするんだ。それが、しっくりくる」
「…………」
「今の俺は、三人共に出会わなきゃ────三人共に恋をしてなかったら、いなかった。それ以外の俺は、今の俺には〝俺〟だなんて認められない。認めたくない」
「………………」
三枝さんは、ただ黙って聴いてくれている。
彼女の沈黙が単なる呆れによるものか、あるいは沸々と熱を蓄えている怒りによるものか……はたまた、それ以外の俺には読めない感情によるものか。
わからないけれど、言いたいことは明確だ。
「そう、だから」
俺も三枝日和に倣って、他ならぬ〝この俺〟を曝け出すのみ。
「俺以外の〝俺〟を黙らせるためにも、この野望は遂げてみせるよ」
そうして、宣った後。暫くの静けさが場を繋ぎ────
「………………俺、俺、俺。周りは眼中にナシ、ですか」
「いやまあ、正確には俺が優先してるのは俺じゃなくて」
「わぁかってますから、黙ってください」
小石を投げ合うかのような、会話を一つ挟みつつ。
「………………………………──正直なところ」
大きな……それはもう、大きな大きな溜息を、区切りの幕が如く棚引かせて。
「あの『お姫様』が恋敵になっちゃった時点で、私の親友の初恋が叶うパターンはソレの可能性が高いんじゃないかなって、思ってたんですよ。悔しいですけども」
ソファに深々と倒れ込むと、三枝さんは天井を見上げて言葉を連ねる。
「リリアが諦めなかった場合、こうなるんじゃないかと思ってました。リリアの魅力や頑張りを疑ってのことではなくて……──アリシア・ホワイト様のせいで」
「…………」
「ホワイト家のアレコレは有名です。各分野、様々な界隈で常人を逸した成果を撒き散らす極まった趣味人の一族……その色恋に関する方面の諸々も、ね」
責めるような声音。それが向いている方向を思えば、大切であるがゆえに俺の心も多少ざわつく────けれども、それも誠意と受け取るか否かは俺の勝手だ。
「夢は願うものじゃなく、叶うべくして叶えるもの。歩む道は障害があったとしても、必ずゴールまで繋ぐもの。そんな尋常じゃない人達ですから、恋愛も同じく」
然して、恨み言のように……否、そのものを宙に投げ続ける三枝さんは、
「仮に春日さんがリリアだけを選んだとしても、彼女は諦めなかったでしょうし」
俺も同じく思っていた、おそらくの事実を口にする。
「勿論、あの『お姫様』ですから無茶苦茶はしなかったと思います。負けたなら負けたと認めるし、いっそ偽りなく心からの祝福さえ送りそう────でも、」
「……まあ、うん。でも、だね」
「ですね。『欲しいものは必ず手に入れる』で有名な一族ですから」
彼女の言う通り。仮に俺がニアだけを選んでいたとして……徹吾氏に見透かされていた、最も確率の高かった未来を選んでいたとして。その先。
他ならぬアーシェが、俺の元を去っていたのか? ────確実に、否。
去らなかったとして、俺への〝恋〟を絶やすのか? ────間違いなく、否。
アリシア・ホワイトは、確実に、間違いなく……唯一の可能性として俺とニアから『拒絶』を叩き付けられない限り、俺たちの傍で俺たちを守り続けただろう。
なぜかって、そんなもの。
「────重婚程度ありきたり。噂では愛が冷めての離婚例ほぼゼロ件。器量、才能、そして度を超えた献身、山盛りの要素を以って『実らぬ恋』は縁遠しっと」
「…………はは」
「いろんな意味で、現代の恋愛最強種族ですもの。本当に、相手が悪かったなぁ」
それが世界のホワイト家だから、としか言いようがない。
欲しいものは必ず手に入れる……そんな生き様を貫く一族ゆえ、元より愛に狂いやすいのが言っちゃなんだが〝お家柄〟らしい。俺も常時火力全開で迫ってきていたアーシェを知っているがゆえ、納得するしかない困った事実。
そして、そんな生き様を正々堂々と貫き通す『器量』も『能力』も『歴史』さえも持ってしまっているのが、かの【白く遍く一族】に他ならないのだ。
「それで……────それで、ねぇ。リリアも、春日さんも、まんまとアイリス様のこと大好きになっちゃったでしょう。二人とも、魅了されちゃったでしょう」
「はい」
「『はい』じゃないんですよ、全くもう」
つまるところ、俺もニアも、そんなアリシア・ホワイトに敗北するべく敗北していたという話。────仮に俺がニアを選んでいたとして、
「どっち道、まとめて『お姫様』に攫われてたでしょ?」
「おそらく、はい」
「キッパリ頷かないで。引っ叩くよ」
そうなる未来が、相当に高かったことを否定できない。ゆえに、そこは素直に堂々と頷いておく。重ね重ね、別に本当に引っ叩いてもらっても構わない。
けれど────
「だからこそ、これが本当に忌々しいんですけど」
……けれども、と。
どうしても俺が主張しておきたいことを、言う前に。
「最初っから春日さんが自分で選んだの、ぶっちゃけ好ましいんですよね」
天井を見つめていた栗色を俺に向けて、三枝さんは溜息交じりの言葉を吐き出した。偽りなく忌々しそうに……しかし言葉通り、悪くはなさそうに。
「どの道そうなるんだろうなって、その可能性が高いだろうなって、思ってましたので。自分の意志でハッキリと、激重決意を胸に茨の道を……こう、なんですか」
感情を上手に形容することに長けた彼女は、溜めで俺を焦らした後。
「馬鹿みたいに全力疾走しちゃうのはね。────癪ですけど、解釈一致です」
仕返しを投げ付けながら、僅かばかりに表情を崩した。
「………………ニアに、言われたよ。俺の『特別』は全部欲しいって」
「言いそうですね。あの子、割かし欲に素直なので」
「それだけは、もう絶対に叶えてやれないから。俺は一生『わるもの』だ」
「そうですね。許せませんよ、この男」
「でも、ニアを幸せにできる男は俺だけだって恥ずかしながら確信してる」
「グーいって構いませんかね。とんでもないですよ、この男」
お互いに、意図して軽い声音。軽い言葉選び────
それは確実に、三枝日和の厚意によるもの。そうでもしなければ冗談ナシで感情なり物理なりが飛びかねないと、場を制する理性によるもの。
そして俺は、そんなニアの親友に覚悟と信頼を預けるまま。
「遠慮なく殴り倒して、攫いに走ってもらっても一向に構わないよ」
「………………」
「攫って、攫い返して────そんな風に二人掛かりで未来に連れてかれるのも、アイツなら文句を言いつつ……悲鳴を上げつつ、楽しんでくれそうだ」
言いたいことを言うだけ言って、俺は息をつき口を閉じた。
もう、これ以上この場で宣えることはない。あとは彼女が振る舞うままを受け入れて、場合によっては『再戦』の準備に臨むだけ────と、
「……………………………………、……ッ……っはぁああぁあ」
憤り、呆れ、その他、諸々沢山。例によって俺などには読み切れない数多の感情を内包した、大きな大きな溜息を一つ。棚引かせた三枝さんは……。
「……あのさ」
「はい」
俺を隠さず、剣呑な目で────しかし、
「とりあえず、敬称と敬語は以後ポイするよ。もう心底ムカついたから」
見ようによっては、近しい目で。
「長い付き合いになりそうだけど────容赦しないからね、希君」
「…………ありがとう。望むところだよ、三枝さん」
どうやら〝敵〟と認めたらしい俺に、頼もしい脅し文句を投げ付けてくれた。
末永いこと続くと思しきハルひよ大戦の幕開けを、お祝い申し上げます。




