ひよこの休日:Part.6
────斯くして、何度目かの「あの子には内緒ですよ」と約束を交わし。
「さ、とくと御覧くださいませ」
俺は三枝さんが用意していた冊子の中身……彼女曰く、絶対に世へ出ることはない秘められし『三枝の家宝』を見せてもらうに至った。
然らば……。
「…………………………」
言葉は、出て来ず。
ページを一つ、また一つと三枝さんが捲っていく度、衝撃と感嘆が積み上がっていく。溜息ばかりが口から零れては落ちていく。その行く先は、
「ね。────幼き日和ちゃんが、粉々にされて然りでしょう?」
まだ幼かったニアが描いてくれたという、落書きの数々。
大判とはいえ、アルバムに納まってしまうサイズ。つまりは『絵画』……この家にも飾られていたような大仰な作品と比べれば、とても小さな『お遊び』の範疇。
けれども、
「…………何歳?」
「八歳から、十二歳くらいまで。ですね」
その〝絵〟たちから感じるのは、先に見たニアの母親の作品へも迫る何か。つまりは、現代の名画家と称賛される者の域へと踏み込んだ凄味。
「私が、所謂『天才』と呼ばれる子供なら」
その鋭い刃の鋒を、かつては心に埋めた三枝さんは、
「あの子みたいなのが、所謂『神童』と呼ばれる類なんでしょうね」
今、まるで我が事のように自慢げに笑う。そして……パタリ。
「はい、悪い事はここまで」
彼女は最後のページ……もとい背表紙で、遠慮も容赦もなく俺の目から宝物を閉じ隠す。釘付けにされていた視線を持ち上げれば────おそらく、
「ここから先は、日和ちゃんじゃなくてリリアの過去になっちゃうので……」
というか、確実と自覚している。
名残惜しそうな顔をしていたのだろう俺に、ほんのり意地悪な笑みを向けつつ。
「そこはそれ、勝手に語るわけにもいかないので本人から聞いてくださいね」
今更、甚だ真っ当なことを言って俺の興味を封殺した。
「…………さっきまでのも、十分ニアの過去に含まれるのでは?」
「そーんなことないですよ。ニアちゃの情報なんて『メチャかわ』と『絵がヤバば』くらいしかなかったでしょう、まるっと既存情報じゃないですか」
「ちなみに当時の写真とかは」
「ぶっぶー! それも本人に許可を取ってくださーい!」
「ちッッッッッくしょう……」
いやまあ、道理。仕方なし。
俺とて本気で詮索する気も突っ込む気もないというか、いつか言ったようにニアが自分から話したくなったらというスタンスを崩すつもりはない。
だから、うん。それはいい。────と、いうことで、だ。
「で?」
「『で』……とは」
「そっから先よ。ニアのことは置いとくとして、ちゃんと『日和ちゃん』の快進撃まで話してくれなきゃ消化不良もいいとこでしょ。はよ」
「ほんのり拗ねてません?」
「なにを馬鹿な」
「ちびニアはダメですけど、ちびひよなら交渉次第でオーケーですよ?」
「ッハ、なにを馬鹿な」
「ちょっと! それは失礼も甚だしいでしょ!」
適当な戯れ……互いに感情を整えるべく、必要だったと思しき戯れを一つ。
「ちぇー……そうですよね結局あれですもんね日和ちゃんはニアちゃの添え物ですもんね春日さん的に。わかってましたよーだ知ってた知ってたハイハイハイ」
「ほんのり拗ねてません?」
「ってことで、そんなこんな改心した日和ちゃんだったわけですが」
「語り上手にあるまじき強引な転換」
本題へと────いや、それも否か。
いまだ本題へと辿り着かない、推定〝前置き〟へと話を戻す。
「正直、そこからは特に大きなドラマなんてありませんよ」
私を知ってもらうと言った、三枝さんの思惑のままに。
「メチャクチャいい子だった妖精さんと、ハチャメチャいい子になれた雛鳥が、十年以上……ずっとずっと一緒にいて、今では世界一の大親友。それだけです」
「……そっか」
それは、俺が聞きたかったハッピーエンドの報告でもあり、
「でも、これ────ニアには内緒なんだよね」
「…………はぁ。こういうとこですね、春日さん」
見透かしてくれと言わんばかりの、虚偽の報告でもある。そうとも、本当に『それだけ』なわけがない。彼女が言う通り、それだけであったならば、
「仰る通り……────『ごめんなさい』は、できなかったんですよ」
この物語が、ニアに秘されている理由が無いから。
「延長戦の最終日。顧みて、反省して、メンタルケアを自分で終えて……無事に快復した日和ちゃん、いざ帰国の日です。数日ぶりに見たリリアは出会った時と同じように、エリさんと有一さんの後ろに隠れて私を見てて……それで」
「うん。それで?」
三枝さんは、溜息を一つ。
「……さあ謝るぞって────リリアの両親、私の親もいる場で、ですよ? それだけ嫌な子だったんだからと十歳なりに壮絶な覚悟を決めて、自分への罰も含めて、さあ謝るぞ『ごめんなさい』するぞって踏み出そうとしてたんですよ」
「……うん、それで?」
やはり、なんとなく展開は読めていた。
だからこそ、失礼ながら半笑いで促した俺を三枝さんは睨みながら。
「……────あの子が先に飛び付いてきて、私が何か言う隙なんてないくらいの勢いで『帰っちゃヤダ』の大騒ぎですよ。二時間はゴネてましたね」
結局は苦笑いに流れて、
「おかげで飛行機の時間ギリギリ。怒涛の全力ダッシュ滑り込み劇が展開されたとか、まあそれは別にどうでもいい話としておきまして……」
今へと至る、過去は続く────なんて、
「ね、春日さん」
「うん?」
「ご存じの通り、リリア。あなたに一目惚れだったわけですが」
「……う、うん? まあ、その」
気が緩んでいた。油断していた俺に、
「それ、残念ながら二回目ですよ。あなたは二人目です」
「へっ?」
不意打ちの、一撃。
「あの子を宥めてる間、もう延々と『好き好き大好き』を叩き付けられましてねぇ。行かないで、ずっといて、から始まり羞恥の日和ちゃん賛美が大開催ですよ」
然して……これは、おそらく彼女お得意の演技。
「『なんでもできて凄い』とか」
らしくなく、なんて言ったら失礼か。
「『大人みたいでかっこいい』とか」
ほんのりと、朱を浮かべている頬を。
「『ママみたいに優しくて大好き』とか」
並べ立てる言葉の波で、押し流し隠すように。
「『お姉ちゃんみたいで嬉しい』とか────」
と、そう俺に見えている以上は……。
「────『ひよちゃんみたいに、可愛くなりたい』……とかとか、ね」
全くもって、彼女らしからぬ下手な演技ではあったが。
「…………笑っちゃうでしょう? 全部、あの子を騙してた〝嘘〟なのに」
別にいいかと、本人も笑っているのでヨシとしよう。
「顧みて反省して改めようと決意した私が、憧れだって言われちゃったんですよ」
斯くして……────そう、斯くして。
「だから、私の夢は〝あの子が憧れる私〟になったんです」
今の三枝日和が、誰しもに愛される『三枝ひより』が生まれたという話。
「画家でも、漫画でも、イラストレーターでも。あの子が一目惚れしたって言う容姿だって自信満々に武器にして、大好きだって言ってくれた声の仕事も物にして」
淡い栗色の瞳が、俺を見据える。
「開き直って、なんでもできる私の演技を今なお継続中です。反省はしてません」
「……そっか。成程ね」
然らば、構えよう。
「それでいいって思って、それがいいって決めて、十年です。────あの子に誑かされ続けて、十年ですよ春日さん。あんまり舐めないでくださいね」
ようやく始まる、本題に。
「私、リリアのこと愛してます」
ようやく、持ってきた覚悟の出番なのだと。
居住まいを正して相対する俺へ、三枝日和は真正面から啖呵を切った。
「あの子に出会えたから、今の私がいるんです。あの子に出会えていなかったらと思うと、プライドを粉々にしてもらえていなかったらと思うと……別の私を想像して、怖気が走るくらいですよ。冗談抜きの恩人というか、まんま私の人生です」
そして連なるは、超重なる言の葉。
冗談ナシと前もっての宣言に則れば、嘘も偽りも演技もないと思しき本心の音。
「と、いうことで……────それを踏まえて、攻守交替といきましょうか」
然らば、満を持して本当に言いたかったことを口にし始めた彼女は、
「あなたの番だよ。お姫様との婚約云々とか、今の詳しい状況とか」
蜂蜜のように甘やかな声音で、天使のように輝かしい笑顔で、
「この私に、全部、話せるものなら話してみて?」
「………………わ、かりました」
断罪に際する閻魔大王の如く、俺の目前に堂々と在った。
これがアルカディア世界にて最も重い女こと私の推しです。
ちなみに勘違いされると解釈違いで私が狂うので一応は本人の態度や言葉選びから読み取れるであろうことを蛇足の注釈に記しておきますが、彼女は何者も及び付かないレベルで全世界ぶっちぎりの『リリアニア・ヴルーベリ推し』であるため愛とは言っても恋愛感情のソレではなく崇拝とかそっち方向の愛です。あしからず。
でも結婚できるかと聞かれたら多分『余裕』と答えます。あしからず。




