ひよこの休日:Part.4
「……お茶は、あるんだね。家じゃない家」
「それはまあ、お客様を招待することもありますし? 今日みたいに」
そして流されるままに、部屋を移りて一服の構え。
展覧室から客間へと案内され、勧められたソファに腰掛け待つこと数分。それも何かの美術品ですかと言いたくなる洒落たティーセットを用意してくれた三枝さんが、湯気と香り立つ紅茶を俺の前に置きつつ対面の席に腰掛けた。
要望通りの一対一。
さて、これから一体なにが始まるのやら……と、身構える俺に、
「もう、だから緊張しないでくださいってば。冗談ナシとは言いましたけども、そんな決戦に臨むみたいな表情で聞いてもらうような話は無いですよーっと」
私のことを知ってもらう────と、如何様に受け取ればいいのやら悩む言葉を突き付けた三枝さんは、紅茶に口を付けながら柔っこく笑んで見せる。
「んまあ、とはいえ無理もないでしょうし……もう勿体ぶらずサクッと昔話を始めちゃいますね。ぁ、お茶どうぞ。リラックスして聞いてくださいませ」
「りょ、了解」
そしてそのまま、俺を転がすまま。
ほぅっと小さく息をつきながらティーカップをソーサーに戻し、三枝日和は正面に座らせた俺を見るでもなく……自らが腰を下ろした席の傍ら。先程より気になっていた一冊の『アルバム』か何かと思しき冊子、その表紙を撫でながら口を開く。
「私、基本的に何でもできる子なんですよ」
一発目から正直なんともな語り出しであったが、ひとまず静聴。
「なんでもできちゃう子、だったんです。昔から」
言いつつ、三枝さんが冊子をテーブルの上に置いた。まだ表紙は開かれないが……装丁の雰囲気からして、やはりアルバムか何かであるのだろう。
過去を語り伝えるつもりであるのならば、これ以上ない小道具だ。
「まず、ほら、とっても可愛い。文句の付けようがない容姿に産んでもらいまして、そりゃもう蝶よ花よと赤ちゃんの頃から持て囃され放題……チラリ」
「ぇ、なんすか……」
「いえ、流石に無反応で聞かれると私イタい子じゃないですか」
「さえぐさひよりさんはかわいいよ」
「ありがとうございます。棒読みでもないよりマシです」
なんて、戯れと言っていいのかも微妙な会話も挟みつつ。
「まあ、ゆうて容姿も客観的事実として誇らせてもらいますが、その他にも沢山ね。言葉を覚えるのが早かったーとか、字を書けるようになるのも早かったーとか、そういう成長速度のアレコレ以外にも各分野で無敵だったわけですよ」
「多才は生まれつき、と」
「ですね。現在の話にはなりますが『お仕事』も色々こなせてますし、学生身分としましても才色兼備文武両道……まあ極一部のスポーツとか苦手がないわけではないですけれども、概ね。概ね無敵の三枝日和ちゃんなわけですよ。チラリ」
「さえぐさひよりさんはすごい」
「ぁごめんなさい、コレやめます。恥ずかしくなってきた」
ゆうて、それも彼女お得意の演技だろう。適当な俺の返しに照れたような素振りを見せるが、実際のとこ大言壮語は一つもないと思われる。
彼女が極めて多才な人間であることは俺が認めるまでもなく世間が認めている事実だし、今更あれこれ疑うような道理も意味もない。称賛に値する人だ。
天は二物を与えず……その言葉の対極に在る者に違いない────
「まあ、とにかく、そんな感じで……そんな感じとなれば、当然その後に続くエピソードは古今東西いつでもどこでも定番を外しませんよねぇ?」
と、適当な反応をしつつ内心では素直に納得している俺に振られた問い。問いというか相乗り申請みたいなものだったが、返事はすぐに浮かんだので……。
「調子に乗っちゃった?」
「乗っちゃいましたよねぇ。齢九歳にして」
答えてみれば、返ってきたのは正解の丸。
「ぶッッッちゃけ、嫌な子でしたよ。今だからこそ自分のことだからこそ猶更そう思うのか、家族は『別に言うほどじゃなかったよ』とはフォローしてくれますが」
そして、肯定しつつ三枝さんは過去の己を遠慮なく詰る。
「なにをしても、皆から持て囃される。褒められない日はない。あぁ、私って凄いんだぁ、特別なんだぁって、ガッツリ優越感に浸って生きていたと思います」
「…………なんか」
「ぁ、あんま今と変わらないとか言われたら泣きます。ここぞとばかりの名演で」
そんな彼女の言葉に、俺が思ったことは一つ。
「違うよ。むしろ想像できないなって」
今の彼女、俺が知る三枝さんとは、懸け離れた幼少期だったのだなと。そう感じたことを素直に言えば、栗色の瞳が意外そうな色を宿して俺を見る。
「え、そうです? 私、結構なんというか自信過剰に振る舞ってません?」
「それはそうだけど」
「それはそうなんかーい」
そう。それはそう。だけれども、
「俺は、ほら。…………三枝さん相手に、ニア以外の名前を出すの毎回ぶっちゃけ緊張するんだけどもさ。自信家に関しては〝本物〟が傍にいるもんだから」
「ソレ、本物…………────ぁ、あぁー……」
本物。俺が知る限り、世界で一番『なんでもできる』が似合う人間。
アリシア・ホワイトの無敵かつ絶対的な自信満々と比べれば、三枝さんの〝振る舞い〟程度では傲慢さの欠片も感じられない。いっそ片腹痛いまである。
「俺の目には、正しい自負を持っている……くらいにしか見えないかな?」
「そ、そです、か……あれ、おかしいな。なぜ普通に照れる流れに…………」
然して面と向かって感想を告げれば、また照れりと視線を伏せる。
しかしながら、どうせ俺には演技か否かを見抜けない。気にしたところで答えがでなけりゃ意味もないので、彼女との会話中コレ系の流れスルーが鉄板だ。
「こ、こほん……。とにかくですね、幼き私は、まあ、はい。そんな感じで」
「そんな感じで」
「お調子に乗り遊ばせている激かわイケイケガールだったわけですが」
と、軌道修正。
「ある時……まあ、十歳になってからですね。大きくなったし頃合いかなってことで、両親が『友達夫婦』に会いに行く海外旅行へ連れてってもらったんですよ」
話を戻した三枝さんの語る内容が、一気に俺の興味を引く展開へと乗り出した。
そりゃそうだ。流石に予想も容易。幼少の三枝さんが満を持して海外旅行、その先で待っていたのであろう展開など────
「んでぇ……当然、その『お子さん』とも必然の遭遇を果たすわけです」
知らない俺でも知っている、それ一つしかありえないだろうと。
「春日さん」
「うん?」
そして、ほんのり変わった声のトーン。
これまで何度か聞かされている真面目風味、つまり冗談抜きで真剣な言葉を紡ぐ時の三枝さんの声音。確認のように名を呼ばれて首を傾げれば、
「ここから先、オフレコで。絶対あの子には言わないで」
これまた何度か聞かされている、敬語の抜けた素顔の言葉が向けられる。
「わかった」
然らば、特に迷うでもなく頷いて見せる。
ジッと俺を見つめた三枝さんは、黙して数秒。俺の首肯と了承の言葉を信頼してくれたのか、小さく一つ頷き返すと────
「旅行前。九歳の時に、あの『絵』を見たんです」
「エレナさんの」
「はい。つまり十歳の私は、旅行中もう画家を目指す女の子だったわけです」
「成程」
「それで、会っちゃったんですね。……えぇ、遭っちゃったんです」
溜息一つ。
────まるで、なにより嫌な記憶を噛むような顔。
────同時に、なにより愛おしい記憶を噛み締めるような顔。
俺などでは、到底のこと言い表せない、そんな表情で。
「私なんかより全ッッッッッ然、可愛くて。私なんかより……────練習を始めて一年足らずで、年齢不問の絵画コンクール入賞を果たしちゃう私なんかじゃ」
彼女は、語る。
「足元にさえ及ばないくらいの〝絵〟を遊びで描く、大っ嫌いな妖精さんに」
ひよこの雛時代。




