ひよこの休日:Part.3
斯くして、曰く『住む用の家じゃない』という家の正体とは。
「oh……」
「って、なりますよねぇ」
廊下を通り過ぎ、リビングの扉を開ければ異世界……というか、なんというか。
コレを目にして改めて思えば、殺風景な玄関周りも一種の〝演出〟と読み取るべきか。ギャップが過ぎてガツンと初見の視覚に来た衝撃は、確かに陳列された『物品』たちの様子と併せて明らかに見る者への意識を感じさせるソレだ。
そうとも、俺は一切ノー知識の多数派男子大学生とは違う────縁あって美術館巡りは慣れているゆえ、そうした意図を即座にほんのり読み取れた。
間仕切りも何もない、リビングというより単なる広々ぶち抜き空間に並べられているのは、一つ一つが大層な雰囲気を纏う美術品の数々。
絵画、彫刻、工芸品などなど。
一見すればノンジャンルかつ雑多に置かれているようで……けれども気のせいでなければ、陳列者の趣味が微かに見て取れなくもない壮観の光景。
思わず吐息ばかりで言葉を失った俺の隣、三枝さんが微笑を零す。
「チラッと、お話してたとは思いますが。私の祖母は、こう……なんて言うんでしょうか、美術関係のオタクでして。趣味が高じて若かりし頃から界隈を駆け回っている内に、いろんなところに一目置かれてしまった感じの人なんですよ」
「……うん。チラッと、ね。聞いては、いたけども…………」
────三枝蘭さん。三枝さん、およびその従兄ことハヤガケ氏の祖母に当たる人物で、日本の美術界では名の知れた……知られているらしい、収集家。
本人は『収集家』以外の肩書きを名乗ったことはないとのことだが、その膨大な知識や優れた鑑識眼を信頼され『評論家』のようにも扱われているとか。
一言で表すのなら、凄い人。
「それで、此処に置いてあるのは全て『貰い物』らしいんですけどもー」
「oh……」
そして、
「まず春日さんに見てほしいのは……はい、アレですね。エリさんの────リリアのお母様こと【エレナ・ヴルーベリ】さんの作品でございます」
ニアのご両親の仲を取り持ったという、恋のキューピッド様でもあらせられる。
三枝さんに背中を押され、所狭し……というほどギッチギチではないが、個々の作品から放たれるオーラがエグいため高密度に感じられる空間を歩く。
然して、辿り着くは一枚の〝絵画〟その目前。
「………………………………すっげ」
題名は【氷の船旅】。
タイトルそのまま氷で形作られた船……というより、割れ砕けた氷河が姿を成したといった風情の荒々しい船が、流氷を押し退けながら進む光景を描いた作品。
ニアと何度もデートを重ねたことで美術鑑賞のマナー等は身に付いたが、当然のこと美術品の良し悪しまで精細に観ることなど俺にはできない。────しかし、
「なんか、こう…………凄いな」
「そうでしょうとも。正しい意味で、現代の画伯様ですからね」
簡単な言葉でしか感想を表せないことを申し訳なく思う。そう思ってしまえるような凄い……ドえらい作品であるか否かくらいは、感じ取れる。
おそらく、この場に在るのは世に出ていないという意味で『名もなき作品』ばかりなのだろう。けれど一つ残らず素人の俺でも凄味を読み取れてしまう品々ばかりであり、その中に在って目を引くという点でエレナさん……────
ニアの母親の、偉大さがわかる。理解まではできないが、わかる。
「リリアは、多分ですけど恥ずかしがって避けてますよね。春日さんをエレナさんの作品が飾られてる美術館に連れてくの。その反応だと初見だと思いますし」
「あぁ、言われてみれば……確かに?」
想い人の肉親にして高名な画家様ということで、勿論のこと礼儀としての下調べは軽くさせてもらっている。その折に、幾つか作品を目にしたことくらいはある。
だが、やはり実物は何もかもが違う。
スマホのディスプレイ越しで『すっげ』と感心した時とは比べ物にならない存在感と迫力に、正直なところ圧倒された。夢中になって観ていられる。
素人の足を止めさせるのが美術品にとって如何に難しいか、というのを素人にして美術館巡りを嗜む俺は知っている。だからこそ、感動はひとしおだ。
「…………かっこいいな」
無意識。ぽつりと零した子供みたいな言葉に、隣からクスリと笑み一つ。
「エレナさんに伝えておきますね。好感度アップかもしれませんよ?」
冗談か否か俺を揶揄いつつ、三枝さんが隣に立った。
「これ、十年以上も前の作品なんです。年季が入って凄味が増してるでしょう?」
「あぁ、だな……でも、古びた感じはしないというか、ギラギラしてるというか」
相変わらず、美術評論家にはなれそうにない乏しい語彙力。段々と恥ずかしくなってきた素人を他所に、三枝さんは気にした風もなく。
「ちっちゃい頃、この絵を見て『画家』を目指そうと思ったんです。私」
「…………」
急にパーソナルデータを開示してくるものだから、そりゃビックリもする。つい絵画から引き剥がされた視線と共に無言の驚きを向ければ────
「あれですよね。今日は多分、ニアちゃの話を沢山するつもりで来てくれたと思いますけど……ごめんなさい。残念ながら違うんだよね」
淡い栗色の瞳が、おどけるように。
「今日は、三枝日和のことを知ってもらいたいと思います」
けれども真剣に、俺を見ていた。
早朝だって深夜みたいなものだろ(暴言)
お昼にまた会いましょう。




