ひよこの休日:Part.2
斯くして、緊張感に呑み込まれ無様を晒してはなるまいと。在るのか無いのかも不明な評価点を死守すべく、気を張り続けて一時間ほどが経った頃合い。
何処へ行くのか尋ねても『内緒です』だの『お楽しみに』だのと、はぐらかされ続けた一時間。まな板の上の鯉が如き心境で見事な安全運転に揺られながら、都心を離れて東京の端っこへと攫われていき……最終的に、行き着いた先は────
「……………………あのぅ、三枝さん?」
「はいはい。なんでしょうか春日さん」
何かしらの『店』でも、あるいは映えスポ云々の『場』でもなく。端的に言い表すのであれば、俺の頭では『住宅街』という言葉しか浮かばぬ景色。
所謂、高級住宅街というやつ。
都の中心と比べれば周囲喧騒は天と地の差。それなりに住み易そうな立地で、つまるところ東京でソレということはガチの富裕層密集地と思われる。
……別に、ここ一年のアレやコレや積み重ねてきた非凡の経験を思えば、今更このくらいの環境で委縮したりはしない。けれども当然、混乱はする。
だって、そりゃそうだろ────
「……なに? その、これ…………」
「『なにこれ』とは……家? 建物? 見ての通りとしか……ぁ、それともアレですか。もっとこう哲学的な問いですか。えー、ちょーっと他に思い付かな──」
「じゃなくて」
様々な覚悟を持って『ドライブ』に同行したら、いきなり『家』に連れて来られたんだから。マジで欠片も予想していなかった展開に頭が追い付かない。
「え、なに、どういう……え、これ、三枝さんの家ってこと?」
高級住宅地に在って、周囲から浮かない一戸建て。即ち大層立派な邸宅であるわけだが、しっかりとした門に掛けられている表札には『三枝』の文字。
ゆえに一発で彼女に関係する建物であると理解した上で、なにこれと問うているのだ────そうとも、物を問うているのではなく、この状況を。
「やぁ、三枝の物ではありますけども、私の物ではありませんねぇ。言っちゃうとアレです、お祖母ちゃんの持ち家みたいな……と、まあ疑問は尤もですが」
どうやら此処へ至って尚しらばっくれる気は無いらしいが……問いに答えを返し切るより先、並んで立っていた三枝さんが背後に回り俺を押す。
つまり、門の内へと。
いや待ってほしい本当にマジちょっと待ってほしい。今日はアレ確かに極力どんな展開にも逆らわず従順かつ誠意を示す対応を心掛ける意志で臨んではいるが、いきなり実家……実家? これ実家って言うのか? わっかんねぇ何一つ理解が追い付かねぇけど、この状況は普通にマズい気がする主に俺の罪業的な意味で────
「ほーらほら、はよはよーですよー。ひよひよーですよー」
「ちょ、待っ……! えっ? ぁ、え、何、ん、ご、ご家族がいるとかっ!? ここで唐突に三枝一族ご対面からの総出で俺を吊し上げとか、そういう────」
「あー、もう! ちーがいますから! 二人っきりですよ大丈夫だいじょぶ!」
「それは別の意味合いでガチこれっぽっちも大丈夫じゃなッ────」
と、テンパりながら咄嗟の抵抗を試みるも……。
「取って食べたりしませんってば、ほらほら早く! しまいにゃ叫びますよ! 激甘アニメ声で『お兄ちゃーん!♡!♡!♡』って! いま、住宅街でぇ!!!」
「チクショウやっぱ俺を殺す気じゃねぇかッ!!!」
社会的立場を盾に取られ、どちらも〝死〟ならばと前へ駆け出すまで僅か十秒足らず。文字通り是非もなく、俺は真実ヤケクソで『三枝』の門を潜り抜けた。
◇◆◇◆◇
「…………お邪魔しまーす……?」
然して、レッツ・エントリー・トゥ・推定死地。
鍵を開けて先を行った三枝さんに続き、恐る恐る玄関扉から入場するも……。
「だぁから、だーれもいませんってば。住む用の家じゃないんです、ここ」
「住む用の家じゃない家って家なの……???」
気温とは別の意味合いで、ひんやりとした空気感。つまるところ人の居る気配がゼロどころか、人が居た気配すらゼロに近い、そんな雰囲気。
玄関内部も外観の豪邸らしさに順じた広々ロイヤリティだが、家具や調度品の類は全くと言っていいほど置かれていない。ほぼ空き家に見える。
……と、いうことは。
彼女が言った通り、状況は言い訳のしようがない『二人きり』というわけで。
「…………あの、やっぱ、流石に……」
メイドとの一対一公共の場とは訳が違う。家じゃない家だか何だか知らないが、個人宅で想い人の親友と二人きりは俺的に百割アウト。
そして俺の個人的な基準に限らず、世間的にも余裕のアウト判定が下されるであろう状況なのは明々白々────なのだが、けれども。
「まあ、はい。仰る通りではあります。隼人君を連れてくるか……いっそ、ニアちゃを一緒に連れてきちゃうかーなんてパターンも考えたんですけどねぇ」
三枝日和は、俺の態度に同意しつつも、靴を脱ぐ手を止めようとはせず。
「信頼ありき、とはいえライン越えは確かに確かに……でも、」
動揺のまま突っ立っている俺を置いて、先に式台へ上がった彼女は。
「今日だけ、冗談はナシなの。────どうか一対一で、お付き合いください」
俺を振り返ると、かつて……──初めて彼女と挨拶を交わした日。
あの〝引継ぎ〟儀式の際に見たような、ただただ親友を想うだけの一人として、俺に向けて見せたのと同じ顔をして言うものだから。
「………………はぁ……────あとで」
「……? はい」
「あとで、必要なら一緒に『ごめんなさい』するとしましょうか」
「………………ふふ、えへへ」
倣い、靴を脱ぎ。
苦笑いを引き摺りながらも隣へ続いた俺を眺めて。
「お断りしまーっす!」
「えぇ……」
三枝さんは結局のところ、悪い男を一方的に転がし回すまま。
蕩けるような笑顔を以って俺を一発ぶん殴ると、スタスタ廊下を歩いていった。
おわかりですね。
事と次第と世界線によっては、どこぞの主人公の癖を撃ち抜いても不思議ではない明快魅力的な二面性を備えていらっしゃることに。ひよひよー
※本日また推定深夜に一本追加更新予定。
明日も昼一本と夜一本で計二本更新しまーす。




