ひよこの休日:Part.1
一難去って、また一難。
古来から伝わる日本伝統の言葉にして、俺のここ一年を明確に的確に表す言葉でもある────が、まあ一難ずつ順番に来てくれるのであれば有難い方だ。
斯くして、月曜の事変から二日後の昼過ぎ。
「────『お、ま、た、せ~♡ ごっめんねぇ?♡ 待ったぁ?♡』」
「…………………………」
開幕よりド級の試練に見舞われた俺は……待ち合わせ場所こと四谷宿舎地下駐車場にて。至極冷静に、来襲した非現実を肉眼で目視しつつの選択に迫られていた。
即ち、無視か帰宅の極限二択である。
そうとも、ツッコミなんざ一々やってられるかよと。
待ったも何も此処は俺の現自宅(駐車場)だし、降りてきた俺を待っていた形なのは彼女の方だし、誰に向けて何のために現実とはミスマッチが過ぎる激甘蜂蜜アニメボイスを披露しているのか意図不明だし────いやはや、なんというか。
「…………あれ、無反応……だと……? おっかしいな、今期の覇権〝俺ウザ〟ヒロインちゃんの激うざシーン切り抜き集は世界的にバズり散らかしてるはず……」
「申し訳ないけど、テレビやら動画サイトやら約四年前からノータッチなんだ俺」
彼女も彼女で、夏目斎とは別方向の太刀打ちできない相手なんだよなと。その事実を出会い頭に示すかの如く、予測外の挨拶で俺の出鼻を挫いた彼女────
「ちぇー、なんですか。せっかくファンの皆さんにも『再現度高い』と評判のナウなモノマネだったのに……────ま、さて置いてぇっと」
今日も今日とて、メイドに比肩するほど思考が読めない国民的ひよこ。
画家兼アイドル声優兼イラストレーターArchiver(現役女子大生?)と属性過多の有名人【三枝ひより】にして、俺の初恋相手の大親友こと三枝日和は笑顔一つ。
「ではでは、いざ出発! どうぞ助手席に……ぁ、『乗れよ、空いてるぜ?』」
「だぁから、何の誰なのか俺には伝わりませんっての」
謎にイケメンな仕草で、やけにイケメンな初見の愛車(?)……スマートで高級そうなワインレッドの車体、その助手席を俺の納まるべき場所に指定した。
◇◆◇◆◇
「三枝さん、運転上手だね」
「ぇほんとですかー? やぁ照れちゃうなぁ、あの曲芸師……おっと、あの【星架】様に褒められちゃうなんて照れちゃうなぁっ!」
「自信持っていいよ。さる世界的企業の代表補佐に匹敵するドラテクだ」
「それはちょっと例えがよくわかりませんけども」
斯くして、約束の水曜日。
例の件についてと日付け指定された今日だが、その『例の件』が一体なんなのかといえば他ならぬコレ。ちょっくらドライブに行きましょうという話。
以前から度々ニアの送迎やら何やらで車移動に慣れているのは知っていたし、暫くの付き合いで休日はソロ小旅行に行ったりする程度のアクティブ人間なのも知っていた。なので、俺にとっては大して意外に思わない類の『お誘い』ではある。
……とはいえ、
「まあ、車の良さも運転の腕も語れるほどの知識ないけど」
「あら意外。自力走行専門です?」
「何度か言ってると思うけど、三枝さんの従兄様の同類じゃないよ俺」
「現実では?」
「そう。現実では」
なんて、我ながら微妙にノリ切れておらず面白くもなんともない会話しか展開できない現状が全て。どこかを目指しているのか否か、街中を往く車の中で隣同士。
決して悪い雰囲気ではないが、決して近くはない距離感が続いていた。
「ぁ、そだそだハルさ……──と、んー……あれですね。お外ですし、今日は一応『春日さん』にしときます? そんな人混みとかは行く予定ないですけど」
「ぁー、そう……だねぇ。俺の方は三枝さんのままで大丈夫かな」
「オッケーでーす。本名は世間にシークレットなので。別に『ひよちゃん』でも」
「じゃあ三枝さんで」
「はーいオッケーでーす!」
会話を続けること自体は、お喋り上手な彼女のキャラ的にも容易い。────容易いが、正直なところ一昨日に臨んだメイドとのデートよりも、遥かに。
「んでは、春日さんや」
「なんですか三枝さんや」
「そうですねぇ、とりあえず……────そんな緊張しなくて大丈夫ですよ。私は、ほら、こわいこわーい猛獣ではなく、人畜無害な〝ひよこ〟なので」
「………………」
遥かに、緊張している。
元より距離感を気を付けていたところもあり、俺は三枝さんの内面を熟知しているとは言い難い。付き合いの長さでは斎さんも似たようなものだが、あっちは全くもって己を飾らない生き様ゆえ奥底を窺う必要もなかった。
なので、全く見えない。現時点での、彼女の内心というやつが。
幼馴染にして大親友。堂々と『家族のようなもの』とさえ宣言することを憚らない、そんな大切な相手の心を攫った悪い男。
少なからず「嫉妬してますが何か?」といった冗談半分の本心半分をぶつけられることもあるほど、俺とは比較にならない年季の入ったニアLOVEの権化。
そんな三枝日和に、俺は例の日……アーシェが全国ネットで婚約宣言をした日から今日まで、いまだ諸々の詳細を伝えていないまま来ている。
斎さんのように、言わずとも察しているだろうという信頼が理由ではなく。
彼女に対しては、しっかりと設けた場で面と向かって説明すべきだと思っていたから。そうでなくては、過去に彼女が俺に向けてくれた『期待』と『誠意』に報いることができない、これ以上なく甚だ失礼極まりないと思ったから。
────ゆえに、心持ちとしては斎さんよりも徹吾氏とのソレに近い。
つまり、諸々を伝えた後に平手打ちの往復ビンタ with 否定できない罵倒の類くらいは覚悟して此処に臨んでいる。勿論、そんなことを口では言わないが……。
「ありゃりゃ、逆効果……? ────『そんな緊張すんなよ、可愛い奴だな』」
「…………イケメンボイスも演じられんの、強いね」
「やったぜまたまた褒められちゃった! ちなみに今のは前々期ネタ枠〝アグレッサー阿黒様〟の激ハズ勘違い野郎でお馴染み主人公様がヒロインに────」
「知らん知らん、解説されても全然わからんってば」
俺が三枝さんの内心を読めずにいるのとは対極。どうも知人友人が口を揃えて言うには『わかりやすい』俺の内心など、大体が読まれていることだろう。
さて、この現実世界を往く『ドライブ』が一体どこへ向かうのか……。
「なーんか全ッッッ然ちっともノってこないの忌々しくなってきたんで、逆にモノマネの刑に処していいです? 第一回! 【星架】様のミリしら物真似大会っ‼︎」
「閉会」
「始まってすらないのにぃっ!」
それは本人曰く、人畜無害な〝ひよこ〟様のみぞ知る。
ひよひよ。




