ご挨拶
偶数階梯にて既存能力の強化、奇数階梯にて新規能力の獲得。
稀に例外が存在する魂依器の基本進化様式だが、アイリスの分け身たる万能全身装衣こと『七色の衣』は基本に則り大きく道を外れたことがない。
始まりの第一階梯。生まれたばかりの最初期は、非戦闘中に限り常識的な範囲内で自身と主のステータスを弄ることのできる『ちょっと便利な戦衣』止まり。
次なる第二階梯。調整可能なスペック範囲が諸々大幅に拡張され、戦闘中でも構わず〝お色直し〟が解禁。ここから早くも大アタリの気配が沸々と。
上級入り、第三階梯。カスタマイズリソースが着実に上積みされつつ、遂に内側だけではなく外見までも自由自在な変更が可能に────その気になれば『防具』の域を抜け出して『剣』と成すこともできてしまい、無法の貫禄を纏い始めた。
第四階梯。特筆すべき点はないが、それゆえに各種既存性能が大きく強化。
そして、第五階梯。
多くの者が遥か先に在る到達点、あるいは踏み越えるべき遠い目標とする『魂依器』にとって節目の階。思考操作の難が付き纏うがため、それなりの運用止まりで使いこなせているとは言い難い状況だった戦闘中の〝お色直し〟が改善。
求めていた『セット機能』の実装。各々へ充てたキーワードを口頭か思考かを問わず発声宣言することで、瞬間的なバトルスタイル転換が可能となった。
更には長らくを共にすることになった第六階梯。第四階梯の時と同じく二度目の大幅なリソースアップが成され、まさしく万能の衣へと至ったわけだ。
斯くして、今。
遂に現アルカディアの到達点が一つ。一番乗りたる【総大将】ゴルドウの【英傑の黄金鎧】と同じ第七階梯へと並んだ【夢現の女神】が、新たに得た力とは。
既に『最強』と他ならぬ世界から判を押されている魂源の主に、なお相応しいモノで在れと魂の分け身が獲得した力とは何か────それこそは、
「…………ん、視界最悪」
どこへでも、往ける力。
ゴボリ……と、無様な気泡を口から溢れさせることなく。特別な権利こと《水精霊の祝福》を持たないのであれば共通して、何者も叶えられないはずの水中発声。
その常識を当然とばかり蹴飛ばして、ぽつり呟いた【剣ノ女王】が纏う衣は形こそ普段と何ら変わらず────しかし暗水の中で燦然と輝き、侍る燐光が相違点。
第七階梯魂依器【夢現の女神】の新規獲得能力、その名は『現界想希』。
地、空、海。現実だろうと仮想だろうと問わず存在する世界の構成要素、それぞれに対しアバター適性を自在に切り替えることで、ほぼ完全に順応する力である。
然らば水棲適応こと《海淵ノ女王》を起動した今のアイリスにとって、水中こそが自己の領域。そもそも環境の理が異なるため地上そのままとまではいかないが、ほとんど駆けるように泳ぐこともできるし何なら水流を蹴ることさえ可能。
水の重さは、ほとんどゼロ。つまり……。
「………………成程。これは夢に出そう」
暗い水の中から、静かに姿を現した化生たち────居並ぶ形容し難い怪物共と、真っ向から戦り合える土俵に立っている、もとい浮かんでいるということ。
巨体が二つの、取り巻きが六つ。
つまりは推定ボス格が二の雑魚が六。ゆらゆら、サヤカ、そしてハルから齎された情報と違わぬ、奇々怪々としか言い表せず本能的な拒否感が否めない姿容。
まず前者。悠然と暗闇から浮かび上がった二つの真白な巨体は、目算全長三十メートル。目に類する部位が見当たらない、口部ばかりの丸い頭が最たる特徴。
そして人間そのままといった形の五本指を備えた長い両碗に、シャチやイルカあるいはクジラやサメに近しい印象の尾鰭を持つ不気味に長い下半身。
所謂、北極の未確認生物として知られる『ニンゲン』や『ヒトガタ』を彷彿とさせる……というより、ほぼアイリスが知るそのままの風貌。
ファンタジーな点が在るとすれば、その頭上に天使のような光輪が浮かんでいることくらいだろう。────おどろおどろしい怪物の外見、天使の光輪、そして〝白〟……避け得ず浮かぶ記憶があるのは確かだが、今は考察の時ではない。
淡くも貴重な光源が目視の助けになるという事実だけ、見据えて次。
小物の六は、端的に暗褐色の人魚。
しかし童話や楽しい物語で語られる美しいソレではなく、そもそも上下が逆。『魚の頭部を無理矢理ヒトっぽく歪めました』といった具合の悍ましい魚面から生える首の先には、大きな鰭を備えた強靭な手足。人魚ではなく魚人が正しいか。
加えて……尻尾なのか、何なのか。背部からタコのようなイカのような、あるいはイソギンチャクのような、どうにも名状しがたい触手めいた器官が生えている。
正直に言えば、双方共に頼まれたって近付きたくない類の姿────けれども、残念。向こうは大物小物を問わず、一斉に『城』から躍り出た獲物を補足済み。
で、あるならば……────否。勿論、否だ。
「…………………………ん。さて、それじゃ……」
そうでなくとも。重ねて、そうでなくとも。
たとえ、序列持ちとして。プレイヤーの頂点に立つ〝星〟として、攻略すべしと臨む攻略ではなかったとしても。忘れることなかれ、ここに居る【剣ノ女王】は、
「……────私のフィアンセを怖がらせたのは、誰かしら?」
ほんのり私怨を、抱えて此処へ赴いているのである。
瞬間、水が断絶する。
起きた事象は、白い巨体が暴れたわけでも、暗褐色の小物が魔法を繰り出したわけでも、あるいは未知の何かが人知を超えた力を振り乱したわけでもなく。
ただ、仮想世界『最強』が皆の識る既知を振るっただけ。
蒸発ではなく、消滅。過去に運命の出逢いの折、心を攫われた逢瀬の場にて発生した類似状況を無限に拡大したような……既知かつ限界突破の暴虐。
燐光を侍らせた白基の戦闘装衣を纏う青銀が、忽然と〝穴〟を空けられた水無き水中にて宙を遊び────その手に輝くは、挨拶を放った『剣』の刃。
斯くして、予定通り。
手始めの一閃。早速のこと一つに減った巨体および余波で瀕死へ叩き込まれた小物たちが、知らない環境を哀れに落下していく様を眺めるままに。
「基本的に、許さない」
女王様の様子見が、粛々と始まる。
安心してください、ニンゲン君も魚人君も例外なく強いです。
しっかりと個々がオーバーレイド級の化物スペックです。
真っ当に活躍できるかは、ちょっとわかりません。




