出陣
仮想世界で『戦士』を嗜む者にとって、水中は最も忌避する環境である。
プレイヤーにとって不利に働く要素は両手の指では足らないほどあるが、なんといっても最たるは現実に比して『わかりやすく過剰』な環境負荷表現。
第十回四柱戦争がアレやコレやの注目部分以外でも荒れていたこと然り。アルカディアにおける〝水〟は、超人の身体とて容易く絡め取る重さを発生させる。
極一部の例外を除き。膝まで浸かるほどの水位ともなれば、敏捷特化ビルドでさえ脚が半ば機能停止するのが仮想世界的一般常識────然らば、全身を水へ投じるとなれば如何な無茶無理無謀が生じるかなど言うまでもないだろう。
生半な筋力ステータスでは、まともに武器を振るうこと叶わず。
どれほど敏捷ステータスを鍛えていたとて、それを活かす足場ナシ。
勿論のこと、ヒトが夢に求める遍くが用意された理想郷。水泳関連のスキルも充実のラインナップが存在しているが……しかし、ヒトが夢に求める遍くを用意する理想郷であるからこそ、その程度では及びもつかない困難もまた跋扈する。
端的に言って、焼け石に水。ヒトに水かき。
現実世界の魚類を哀れな仮想敵にするならいざ知らず、仮想世界の化物怪物魑魅魍魎の本領へと踏み込んで、付け焼刃が猛威を振るえるはずもない。
忘れることなかれ、一般評アルカディアの戦闘コンテンツは鬼難易度。
ヒトの領域である地上でさえ『攻略不能』が存在し得る魔境世界。なればこそヒト以外の領域に出向いてしまえば、ソレが乱立するのも道理である。
立てない、歩けない、走れない、自由に動けない。
加えて、息ができない、喋れない────詠唱が、紡げない。
不可能を可能にするモノの代名詞たる『魔法』さえ満足に使えないのだから、事実としての八方塞がり。一般層だけでなく精鋭層まで『無理ゲー』と匙を投げるのは当然のことで、最精鋭層も同じ結論に頷いていた……というより、
現在進行形で、頷いている。
それが現アルカディア水中世界開拓事情の、現実である────
斯くして、そんな無理ゲー世界へと。
「────……全貌顕現」
今、異空を繋ぐ扉を潜り、
「【白亜と黒樹と御伽の城】」
城が一つ、入水した。
傍から見ている者がいれば『馬鹿じゃねぇの』と例外なく喝采を上げて然りであろう異常光景。多少の視界を赦す不思議で不気味な暗闇が満たす水の世界へ、地上以外に在るべきではない超巨大質量が完璧なタイミングで堂々の顕現。
つまるところ、
「うわマジですか! 濡れてなーい!」
入場後に顕現したにも拘らず、内に抱いた者たちへ水が触れる隙も許さずに。
一斉に転移門へと飛び込んだ小隊が青光を潜り別空間へと投げ出される瞬間、主こと【城主】の至極のんびりした呟きなど待つこともなく。
喝采を上げたリンネを含めて余さず六人を、その内側……名前に準ずる〝白亜〟と〝黒樹〟で形作られた城内へと、当たり前のように抱き込んでいた。
そして、
「……ん。作戦通り、このまま沈めるところまで沈む」
現実と比して諸々の過剰表現は在れど、在るからには確かに働いている物理によって沈没していく『城』の中。他ならぬ【城主】に尽くす献身もとい献城は慣れ親しんだものとばかり、傾く床に平然と立つ【剣ノ女王】が方針を確認。
さすれば、頷く者が三名の他が二名。
アイリスに凭れかかりながらも一生懸命に眠気を遠ざけていると思しきメイは置いておき……ガーネットの瞳は二名の内の残る一人、銀色へと視線を向けた。
「ゆら」
「……ッハ、私が呼ぶまでもねぇ。わんさか来てるぜ畜生ども」
求めたのは、感知の報。返されたのは、類する悪態。
────次の瞬間。
「う゛わっはぁい!?」
リンネの悲鳴の端となる甚大な衝撃が、城の下から突き上がった。
然して、広々とした城主の間。玉座やら何やら、其処彼処にある白黒豪奢な調度品が宙を舞う……ことはなく。各々の意志で場に踏み止まっていると思しき無機物の家臣たちに倣うように、招かれたヒトもまた────
「……中々の圧だな。聞いた通り、大層な大物らしい」
「リンネさん、心を備えてくださいね。実物は少々ショッキングですので」
「ま、まあハイ。そこは大丈夫です、私モンスター系ホラーは好物なので……!」
「ぅぁぁ……頭がぁ揺れるぅ…………」
「メイ、自分で立ちなさい」
まだまだ、この程度では動じない。無言で下を見る【銀幕】も同様のこと。
無理無茶無謀に挑み掛かり、攻略する算段は付けてきた────そして、それを遂行するだけの自信……つまるところ各々、無法の自覚も携えている。
「メイ」
「んんぇ…………────だいじょぶ、全然平気。沈んでくだけなら……」
それは早速のこと、無数の歓迎を受け大震動を続ける『城』を始めとして。
「…………今更ですけどコレ、壊されなくても流石に水は入って来るのでは?」
「そこ、開いている天窓が見えるだろう。存在自体が概念的異空間の塊との噂だ、俺たちの居る『空間』も城の構造物として維持されているんじゃないか」
「はぇー」
「まあ、いざとなれば俺が幾らでも時間稼ぎ可能だ。心配す────」
「おー囲炉裏先輩たっのもしぃー!」
「…………やりづらいな君は、相変わらず」
お気楽な振る舞いはフリか否か、着々と〝音〟の蓄力を続ける【音鎧】と共に、水中環境にも猛威を持ち込める【無双】で攻守万能の札が二枚。
「サヤカ、ぼけっとしてんな」
「っ……ぁ、は、はい。申し訳ありません、ただいまっ……!」
ぶっきらぼうな注意を投げられ、らしくない慌てる様を見せたと思えば〝光〟と共に職務遂行。小隊全員のステータスバーに無数のアイコン……全環境適性向上バフや全属性耐性向上バフ、更には全ステータス微向上バフなどなど、無法乱舞。
真実やりたい放題の支援効果を怒涛の勢いで記し連ねていく、アルカディアで他に類を見ない異次元の全状況対応型かつ全状況において最優の支援術士が一枚。
そして、そんな彼女を乱暴な言葉で働かせた銀色。
「ゆら」
「広域感知と火力支援。受けた仕事は、こなす」
「……ん、期待してる」
嫌な顔をしながら期待を無碍にはできない天邪鬼────【剣ノ女王】が『東の双翼』の次に相手をしたくないと密かに思っている切り札が一枚。
最後に、勿論のこと、
「それじゃ……作戦通り、様子を見てくる」
躊躇わずに歩み出した、他ならぬ『最強』も数に数えて。
「お気をつけて」
「ん」
擦れ違うサヤカから気遣いの言葉を貰いながら、止めない歩みで『窓』の一つへと身体を運ぶ────然して、また躊躇わず開け放てば【無双】の推測通り。
〝主〟のために確保された空間も、また城の一部。不可侵かつ不可視の壁に阻まれた真っ暗な水面を見つめて……アイリスは、
「……、…………」
背後の誰にも気付かれないよう、己を鼓舞する深呼吸を秘めやかに一つ。
「……────【夢現の女神】」
呼ぶ名は、永く親しむ己が魂の分け身。
第六階梯【夢幻の女神】────では、なく。
数多の〝夢〟を、あの日から。怒涛の如く魅せられてきた今へと至り、
第七階梯【夢現の女神】へと名を遷ろわせた、その衣を。
「Dress code_《海淵ノ女王》」
纏う女王が、侵攻する。
夢現ではなく、夢現。
果てない夢も、果てない現実も、全てを攫う女王の衣。
史上二つ目の第七階梯らしいです。
なお第六階梯には一番乗りだったらしいです。
どこぞの総大将に追い抜かれた当時、そりゃもう拗ねたそうです。
※アルカディア史上、二つ目ですのであしからず。
お察しの通り公表されていない【剣聖】様の魂依器等は数に入っていません。




