メイドの休日:Part.4
要約すれば、俺の予想通り。俺の信頼そのままに。
そして他でもない彼女の雇い主である四谷徹吾氏が、そうであったように。こちらから何か言うまでもなく、斎さんには全てを丸っと見透かされていたという話。
どうしようもないほどソラを好きになっていたことも、それと等しくニアとアーシェを好きになっていたことも。あるいは、俺自身より早くに気付いていた。
気付いた上で、承知していた。
本人も堂々と宣ったように、元より常識に蹴りを入れる生き方が常の側。
夏目斎の目に俺は『お嬢様を含む複数の女性を誑かす悪い男』ではなく、どうも『自分が望む道を誰にも憚らず突き進む』同類として映っていたようで────
「私、自分のことも大好きなんですよ」
夕刻。お喋りを終え、散々に歌い歌わせ満喫したであろうカラオケボックスを後にしてから暫く。またフラフラと歩く内に辿り着いた街中、川沿いの道。
唐突な前置きナシは慣れたもの。相変わらず程近い距離感で付かず離れず、しかしもう手は繋がないまま、俺の隣で機嫌良さげな斎さんが呟いた。
「『お嬢様』のことは、今に至り世界の何物よりも大切ですが」
日が落ちれば、まだまだ残る肌寒さが増す春先。主に歌わされ過ぎで多少ぼけっとしている頭のまま、割かし薄着だけど寒くないだろうかと心配する俺を他所に。
「同じくらい、私は私を大切にして〝私〟でいるんです」
夏目斎は、まるで幼子に童話でも語り聞かせる母か姉のように。
「普通のことなんですよ。幾つもの〝一番大切〟に出会ってしまうなんて」
手は繋がないまま、言葉で俺を傍に繋げて道を往く。
「それを幾つも幾つも見過ごして、諦めて、正しく一つだけ抱えて生きていく」
なんとなく、わかる。彼女は別に諭しているわけでも、言い訳を連ねているわけでも、逃げ道を描いているわけでも、屁理屈を捏ねているわけでもない。
ただ、この人は、
「それが普通で、それが常識────私たちのような人間には、似合わないもの」
そうと信じて、この人で在るのだと。
「……なんて。偉そうなことを宣いましたが、別に自分が『特別』だと言っているわけではありませんよ。私は美人で優しく謙虚なメイドなので」
「……諸説あり」
「なんですか?」
「なにか聞こえました?」
戯れを差し込むのに要するのは、相も変わらぬ緊張感。俺も俺で、何度も言葉や本音を交わしたとて、斎さんに対する接し方を変えたりはできない。
とぼける俺を、美人で優しく謙虚なメイドが肩で小突いた。
とうに知っていたこと、俺よりも背は低いし俺よりも遥かに華奢。メイドの前に一人の女性で、完璧超人でも確かに人間────けれども、途方もない。
「……月並みですが、人は誰しもが千差万別の特別な存在」
やはり彼女は、
「だからこそ、自分を誰より正しく〝自分〟にできるのは、自分だけ」
俺など到底のこと叶わない、我が師【剣聖】をも凌ぐような────思わず見惚れてしまうほど格好良い〝我儘〟を体現する、享楽人。
「応援しますよ、希君」
これまでとは、どこか違う色音の呼び方。その変化に一体どんな意味が含まれているのか、籠められているのか、まだまだ俺には読み取れない。
「結局、選ぶのは私ではなく『お嬢様』です。あの子が貴方の手を取るのであれば、私に異論はありません。あの子にとっての幸せが、未来に在れば構わない」
そんな俺に、読み取ってみせろと見せ付けるように。
「この私が、応援してあげるんです。────できますね? 貴方なら」
まさしく、有無を言わせぬ迫力。
メイド服を纏わずとも常の風格を身に纏わせ、立ち止まった斎さんが俺を振り返って微笑んだ。そうして断言された言葉には、一抹の疑いすらもなく。
全てを顧みずに俺自身が決めた〝俺〟を、自分に示せと言っている。
「………………、」
冷たい風。攫われる髪を押さえながらも真っ直ぐに俺を見る、彼女の視線を受け止めながら。答えを求められた俺は、此処へ至り思考を要さず────
「斎さん」
「はい」
俺自身が求めた『味方にならない人』を演じながら、
ずっと俺たちを見守り続けてくれていた、彼女に向かって。
「俺たちの、味方になってください」
過去の言葉を簡単に覆す戯言を、恥ずかしげもなく口にした。
「あなたが応援してくれるなら、助けてくれるなら、百人力どころの話じゃない」
頭も下げずに、傲慢に。
「支えてあげてください、ソラを。これからも」
瞳も逃がさず、不遜に。
「支えてください、俺を。これから」
そんな俺を、しかし彼女は笑わない。嗤わない。
────当たり前だ。この俺こそが、他ならぬ夏目斎のオーダー。
「ソラを世界の誰より幸せにするのなら、俺には夏目斎が必要です」
俺の〝一番大切〟に必要不可欠な、絶対条件を望んだまでのことだから。
……冷たい風が過ぎ去り、体温を奪われた頬が置き去りにしていた緊張を思い出し始める。然らば元より言うつもりだったことであるとはいえ、あまりにもドストレートというか遠慮のない言葉選びだったかと早くも焦りが過った俺を、
「────……」
黒い瞳が、心底から愉快なものを見るように眺めていた。
「…………殿方に言い寄られた経験など、星の数ほどありますが」
然して、彼女は歩み寄り。
「それでも……────ここまで直接的に『お前が欲しい』だなんて。そんな情熱的な言葉を真っ向から頂戴したのは、生まれて初めてかもしれませんね」
「え、や、あの……」
ゼロ距離。真正面に立ち、片手を俺の胸に当てて立ち止まる。
そして、
「おわかりでしょうが、私は安くありません」
「………………」
「人生三回分程度では、足りなくなりますよ?」
見上げ、紛れもない信頼の目を向けてくれるのだから。
「……望む、ところです」
覚悟を絞り出して答えを返せば、微笑み一つ。
「────……よろしい。雇用契約書、用意しておきますね」
言質を得た俺の『味方』は、触れていた胸をトンと優しく押し────
「気が早いかもしれませんが……ご主人様とでも、お呼びしましょうか?」
「マジで勘弁してください」
躍るような足取りで俺を揶揄いながら、また道を往き始めた。
恋しちゃいそう。
ちなみに作中三月上旬らしいですが、斎さんの誕生日が3/8らしいです。
上機嫌の理由に直近でソラさんからハッピーバースデーされたこともありそう。
なお主人公は知らないのでノータッチ。




