メイドの休日:Part.3
で、結局。
詳しそうだと思ったのは間違いではなかったようで、斎さんの足取りに迷いなく。あれよあれよと連れ込まれたカラオケボックスの個室にて、俺は初めて聞くメイドの歌唱を聞かされる────……といった流れには、とりあえず至らず。
「食べ過ぎでは?」
「ご心配なく。鍛えていますので」
「胃を???」
つい先程まで食べ歩きをしていた事実など、なかったかのように。
まるで『当然のマナーですよね』みたいな顔で流れるように注文した山盛りフライドポテトをパクつく横顔を、呆れを隠さず眺めていた。
えぇ、これまた当然の如く隣り合いですとも。肩を寄せてくるな肩を。
「……なんか、意外です。ジャンクフードどころか、こう」
「外食はしないイメージでした? ところが残念、こう見えてオフは一人でラーメン屋にも行ってしまうようなメイドなんです。夢を壊してしまったでしょうか」
「なんの夢ですか。なんも抱いてないですよ」
早々に何かしら聞かされる、あるいは何かしら歌わされる。後者を特に警戒して構えていたので、今のところカラオケ端末に意識を向ける気配すらない様子に拍子抜け……すべきではないんだろうな。ならばと他に警戒すべき────
なの、だろうが。
「………………」
「あら、どうされましたか? そんなに見つめても、私の手は止まりませんよ」
「ポテト好きなんです?」
「えぇ、身体に悪いものが大好きなんです」
なんか、なぁ……と。
流石の俺でも、というか流石の夏目斎が相手といえど。ここまでされたら演技や悪巧みを疑っているのが申し訳なくなってこなくもないこともない。
どういうことかといえば、
「……ずっと楽しそうですね」
本心から、もうずっと、そう見えてしまっているから。
だからこそ戸惑いと疑問が尽きなくて────と、思考のループが止まらない。なぜって冷静に考える必要さえなく、今の俺と彼女の間に存在すべき『要件』は……まあ少なくとも、こんな風に和やかな時間が相応しいと思えないから。
そう隠さず表情に出して見せる俺に、やはり斎さんは微笑んだ。
「はい、楽しいですよ」
微笑んで、またポテトを一本摘まみ上げ、
「憎からぬ男性と街を歩くなんて、初めてのことですし……」
それをスイっと躊躇いなく、俺の口元へ。
「こうして貴方を揶揄うのは、つまらない時間ではありませんので」
「…………」
俺は数秒ほど迷った末に、突き付けられた身体に悪いものを口で受け取った。それを見届けると、上機嫌を肯定する斎さんは可笑しそうに笑みを転がした。
「愉快な人」
一方的に距離を踏み潰す彼女のせいで触れ合う肩は、互いに平熱。多少なり歳は離れているものの若い男女同士ではあるが、間には確かで不思議な安心感。
楓、翔子、美稀、近しい異性の親友たちとも、また違う。
「私、自分に『似ている』と思った相手は、貴方が初めてです」
同じであるからこそ、同じ位置に在って決して交わることのない相手。
「…………似てます? 俺たち」
「いいえ、全然。ちっとも似てはいませんよ」
「どういうことなの……」
もっともらしく理解の及ばぬ言葉を投げ込んでくるのは、いつものこと。
────そして何故だか、そうした彼女の言葉に限って。理解できていない俺の心にストンと、わからないなりの納得が転がり込んでくるのも、
また、いつものこと。
それは果たして、彼女の言葉通り俺たちが『似ている』ことを示すものか。
あるいは、
「とはいえ、ここまでしても無反応なのは女として業腹ですが」
「いや緊張はしてますけども。メイド的な意味で」
「それなら許しましょう」
「メイドって言われりゃ満足するな、このメイド……」
いつもの如く。
俺など及びも付かない夏目斎に、転がされているだけなのか────
「春日さん」
「っ、……はい」
と、いつものように名前を呼ばれて、不意に緊張が舞い戻る。然らばと表情を整えて隣を見るも……しかし、斎さんの方は相変わらずであった。
相変わらず、穏やかな笑みを湛えるままに俺を見守っている。
「全然、恋人のように扱ってはくれませんね」
そして……ほら、このように。
「…………恋人のようには、扱っていませんが」
なぜだか俺は、彼女の前触れも段落もない言葉を理解できないまま読めてしまうから。その唐突な文句を『問い』と受け取って、用意していた答えを返す。
「他人から見れば恋人のように見えるくらい、大切な〝姉〟みたいに接してます」
受け取り方も、振る舞い方も、俺に一任すると言っていた。
ならばコレでも文句はないだろうと、真に彼女が求めていた答えなど知るはずもないだろうと────努めて堂々と、胸を張って答えた。
さすれば、斎さんは頷くように瞑目する。
「…………お説教。ちゃんと覚えていましたね」
「お説教だったんですか、あれ。励まされた覚えしかないんですが」
「単に励ますのであれば、もっと甘い言葉を掛けていますよ」
目を開けて、再び俺を見る。
この人が俺を見つめる目は、あの日から……────『俺の味方にならない人を望んだ』あの日から、一度たりとも変わらずにいてくれている。
……また、目前にポテトが差し出された。
「私は別に、かわいい〝弟〟なんて求めていません」
また受け取れば、どんな顔をしていたらいいのやらと困る俺を愉快そうに観察する黒い瞳。いつしか離されていた肩を竦めて、斎さんは言葉を連ねる。
「私が求めているのは、私の『お嬢様』に相応しいパートナー。そして……」
連ねて、重ねて、やはり〝俺〟を見据えて、
「私が仕えるに相応しい、愉快な人だけ」
堂々と、我を宣う。
「春日さん」
「……はい」
「貴方が『お嬢様』へ向ける想いの丈、見誤ってはおりませんよ。私も負ける気はありませんが、貴方も私に負ける気など更々ないという、その気概を」
「…………はい」
「ならば、私の赦しがどうだのと、見当違いの心配はしていませんね?」
だから、そう。
負ける気などない俺も、やはり堂々と我を宣わなければ失礼なのだ。
「はい」
「……────よろしい。今の貴方は、とても魅力的です」
あぁ、そうとも。詰られる覚悟も説教をされる覚悟も抱いて来たが、俺は一抹たりとも彼女に『許さない』と言われることなど心配していなかった。
なぜって、彼女が『お嬢様』に関係する事柄を見誤るなど有り得ないから。
即ち、俺がソラに向ける馬鹿みたいに大きな感情を見誤るなど有り得ないから。
つまるところ────
それに並ぶ他二つの感情も、決して否定などしないと信じていたから。
全く、甘ったれた考えだ。けれども、
「そのまま、堂々と在ってください。元より私も其方側」
他でもない夏目斎に対する認識は、ソレで正しいはずと。
「常識なんて、つまらないもの」
信じた俺を、まさしく正しく甘やかすように。
「蹴飛ばして幸福になれるのなら、どうぞ存分に蹴飛ばしてしまいなさい」
無敵のメイドは優しく微笑み、また一つ。
俺の前に〝悪いもの〟を、誰にも憚ることなく差し出した。
恋しちゃいそう。




