メイドの休日:Part.2
斎さんに限って、シンプルに俺を詰るだけの簡単な展開にはならないだろうと思っていた。予想どころか、信頼を以って確信していたと言っていい。
────とはいえ、流石に。
まさか『デートしましょう』が本来の意味合いで正しく男女として遊びましょう的な誘いだったとは、当然のこと思いもよらず甚だ面食らった俺である。
ゆえに昨夜。予定の最終確認的なノリで『明日は私のことを恋人のように扱ってください』なんてメッセが飛んで来た時はソファから転げ落ちたし、ディスプレイに映る文面を軽く三十回は見間違いと思い読み返したのは記憶に新しい。
なんだ、冗談か……? 例によって俺を揶揄って遊んでいるのか、はたまたコレが世紀の馬鹿者を晒している俺を詰るための第一矢か……? などと疑いつつ。
しかし、要求は要求として受け止めるまま。
混乱しながらも一応は大切な人とのデートに相応しい服装、かつ気合いを入れて待ち合わせ場所に赴いたのだが────その結果。
「………………あの、やっぱ、流石に手は……」
「あら。希さんはデートで女性の手を引いても下さらないのですか?」
「いや、その……」
重ねて、まさか、ガチのデートとは思わないじゃん?
なんかもう、やたらと距離近いし。困惑するままに受け取ってしまった手は、全く俺を逃がす気配ないし……──そんでなんか、やたらと上機嫌だし。
月曜の癖にというか、平日の昼間から人波が溢れる街中を歩き始めて早五分。
これ、何してるんだっけ? 俺、形はどうなるにしろ怒られたり説教をされる覚悟とか諸々を持って馳せ参じたんじゃなかったっけ? とか、そんなことばかり。
至極当然、混乱を引き摺って困り果てる俺を────
「本当に、そのままの意味ですよ」
真実、顧みず。
まるで本当の恋人のように。まるで本当に愛している者の隣を歩いているかのように。どこまでも楽しげな顔を見せる斎さんが、再び極自然な笑みを魅せる。
「今日一日、私を恋人のように扱ってください」
「………………」
「どう受け取るのか、どう振る舞うのか、全て貴方が決めて構いません」
魅せて、俺の手を優しく握るまま。
擦れ違う人間の視線を否応に軽率に攫うまま、年上の淑女は……まるで見守るような視線を、至近の隣から俺へと注ぐ────流石に、わかる。
言いたいことは、意図は、なんとなくわかった。
……ならばと、
「………………………………後日」
「はい?」
「俺が謝るべき人に謝りたくなったら、共犯者として一緒に謝ってくださいよ?」
恋愛関係では勿論ないが、言うまでもなく元より大切な人。
大切な人の大切な人である彼女が、大切な人の……恥ずかしげもなく誇らせてもらうが大切な人である俺のことを、今では同じく思ってくれているように。
そんな人の思惑だからと、思考に浮かぶ全てを呑み込んで半眼を向ければ。
「そうですね……。それも、デートの満足度によって検討しましょう」
斎さんは、普段に増して悪戯っぽく。
普段に増して遠慮なく、哀れな年下男子のことを存分に揶揄うまま────
「はいストップ、それは線引き」
「あら中々な身のこなし。今の回避は、メイド的に高得点です」
「マジどういう立ち位置とテンションなんすか今……」
手を繋ぐどころか腕を抱こうとしてきたので、流石にそれは回避しておいた。
◇◆◇◆◇
さて。
状況は実際のとこ混迷を極めているが、それはそれとして誇るべきか否か俺はデートの経験だけは結構豊富。間違いなく誇るべきではない事実としてタイプの異なる三人娘の期待に日々応えるため、現場に際した『引き出し』は多い。
それゆえ、途上で無様に迷ったり立ち尽くしたりはしない。……なんて、戸惑いつつも〝それなり〟の自負は抱いて対メイドに臨んだのだが────
「……斎さん」
「なんですか希さん。────ぁっ、見てください。季節限定の新作だそうです」
とまあ、あっちへ。
「……斎さん?」
「なんですか希さん。────あら、見てください。季節限定の新作だそうです」
「それさっきも聞い────」
とまあ、こっちへ。
「斎さん」
「なんですか希さん。────あらあら、見てくださ」
「オーケーちょっと待ってください一旦ね。一旦、止まりましょう。ほら、あの、いえ、うん。ジェラートは食べてて構いませんから、ほんと少しストップ」
「流石に、この時期だと少し寒いですね」
「ですよね。温かい珈琲でも買ってきましょうか、じゃなくてぇッ……!」
ハッキリ申し上げて、エスコートする隙間ナシ。
女性の手を引いて……とかなんとか言外の要求をしていたくせに、その実ずッッッッッと俺の手を引くというか引き摺り回すのは彼女の方ばかり。
一応は俺が考えてきたデートプランの悉くを蹂躙するように突発開始された食べ歩きは百歩譲ってヨシとして、このメイド本気で自由が過ぎる。
そんでもって、
「ふふ……冷えてしまいましたので、屋内へ行きましょうか。映画やウィンドウショッピング……というのは普通過ぎてつまりませんね。案はございますか?」
「んぇー……あー……そう、ですねぇ。この辺だと────はいストップ」
「お見事です。……お見事ですが」
相も変わらず、隙あらば。
「一度くらい可愛げを見せても、罰は当たらないと思いませんか?」
「思いません。普通に天罰が下りますんで勘弁してください」
俺の腕を抱こうとしたり寄り掛かるように身体を預けて来ようとしたり、やけにスキンシップのトライが多くて対応に困る。マジ、いろんな意味で困る。
正直なところ、常の『らしい』と常ならむ『らしくない』が激しく混在し過ぎていて普段に増して内心がサッッッッッパリ読めねぇ。この人なにしてんの。
お茶目にしても、そういう揶揄い方はしない……正しく、誰より愛しているであろう『お嬢様』のためにも決して一線は越えない人だと思っていたのだが。
「ったく……元気が有り余ってそうですし、身体を動かす系でも行きますか?」
「あら。なんだか少し如何わし────」
「如何わしくありません。ミリどころかミクロも如何わしい意図はございませんマジいい加減にしてくださいカラオケボックスにでも放り込んで帰りますよ俺」
「まあ、カラオケ。意外と思い至りませんでしたね、それも楽しそうです」
「話、聞いてます?」
止まらねぇ。
ご機嫌メイドが自重しねぇ。
「希さんは、どんな曲が好きなのでしょう。やっぱりアニメの曲などですか?」
「やっぱりってなんですか。そこまでアニメとか見ませんよ俺」
おそらく、もう、今日は一日ずっとコレと覚悟した方がいいのだろう。デート開始から早一時間、早々に本日の真理に到達したと思しき俺は────
「好みの機種などはございますか? この辺りですと、オススメは……」
「なんで詳しそうなの。それもメイドの嗜み……?」
無駄な抵抗をすることもなく、我が道を往く斎さんに引き摺られていった。
お気付きですか。
この二人、ハチャメチャに相性が良いことに。




