勇者の務め
────斯くして、それなりに退屈からは遠い賑やかな旅路を続けていた、
「んっ……ソラ、一旦ストップ」
「ぇっ、は、はい」
その、途中。
【セーフエリア】から真西へ約二百五十キロ程度の地点。つまるところ次の目的地としている【鍵樹街】まで、残す道程は半分ほどの進捗状況……といったところで、何かに気付いたアイリスが並走するソラを制止しながら自らも足を止めた。
巨大が過ぎるゆえ基本どこからでも様子が見えてしまう『鍵樹』の足元、今なお拡大を続ける西の街。そこへ神創庭園中央第一拠点から伸びているルートは難易度別で多岐に亘るが、重ねてアイリス先導の下で三人娘は真西へと駆けている。
それ即ち、世界に点在する数多の『危険』を度外視で最短距離を選択しているということ。ならば当然のこと、行く先々に障害物は存在しているものだ。
とはいえ、それを無視あるいは片手間で排除できるからこその選択強行。
誰もが認める『最強』および多くが持て囃す『万能』の剣を阻める者や物が、そこらに転がっているはずもない。────で、あるゆえに。
「なに、どったの?」
「なにかありました……?」
誰にも、どこまでいっても『過剰』などと文句は付けられない自己評価を以って我が道を往くアイリスが、足を止めた。……たったそれだけのことが、たったそれだけでは済まず、必然的に要警戒イベントとなってしまうのも然りである。
出発より幾つかの環境を越えて、現在地は【噓泣きの岩窟】と呼ばれるダンジョンを擁した岩山地帯。そこかしこに口を開けている洞窟へ入り込みでもしない限り棲息エネミーも少なく、基本的に表層は平和と知られているフィールドだ。
然して、無数にある岩場の影で足を止め数秒。それぞれ腕の中あるいは隣で首を傾げる二人へ、沈黙により「少し待って」と伝えながら────
目を閉じ、耳を澄ませていたアイリスが、
「…………………………ん」
目蓋を持ち上げ、とある方角へとガーネットの視線を向ける。
────まだ遠い。ソラだけではなく、感知スキル持ちのニアとて気付かないのは道理の距離。エリアの端を突っ切るルートを取っていたアイリスたちに対して、
「…………少し、寄り道をしてもいいかしら?」
「「?」」
遠く離れた〝気配〟は、エリア中央に在るゆえに。
【剣ノ女王】の知覚がソレを捉えた理由は、ニアを上回る練度の感知スキルによる恩恵ではない。とある特殊スキルのフレーバー的なオマケ要素……と、アイリス自身は適当に思い適当に付き合っているサブ効果によるものだ。
その名は《勇者ノ心命》────勇者らしく在れとでも宣うつもりか否か。システムが不意に寄越してくる効果というのが、他でもない。
「困っているヒトが、いるみたい」
切羽詰まって助けを求める者の気配が、直感へ降って来るというものである。
◇◆◇◆◇
「────ッやだやだやだッ!!! 無理無理こわいこわいマジムリごめんなさい違うんです迷子なんです自分ただの迷子なんです食べないでぇッッッ!!!!!」
まず間違いなく、現実と仮想を問わず人生で最も声を張り上げた瞬間。
それが今であると共に、どれだけ声を張り上げようとも無慈悲に無意味である瞬間も今である。即ち、もう文字通り目前へと迫っている『死』────
【渦に棲まう竜喰蟲】こと巨大アリジゴクミミズに対しては、悲鳴も懇願も役立たず。今か今かと獲物を待ち受けてカチカチ高速で叩き鳴らされている口鋏によって無残に命を散らされる、その確定事項を一秒たりとも先送りにできやしない。
主の元へ獲物を引き摺り込む流砂からの脱出も、貧弱な職人の身で叶うはずがない。完全無欠、清々しいまでの打つ手ナシ死を待つのみの完成悲劇だ。
……馬鹿だった。
馬鹿だった。
嗚呼、本当に、馬鹿だった。
────事の始まりは、まあ不幸であったと自分の過去をギリ擁護できる。
最近は主な拠点としている【鍵樹街】からの出張遠征。鉄板の穴場として賑わう【岩食みの大巣窟】ほどではないが、そこそこ優秀な鉱物資源スポットとして知られる【噓泣きの岩窟】へ随行鑑定士としての協力依頼。
依頼内容も、構成面子も、特に問題はなかった。実際、素材採集を終えて「さあ帰ろうか」となる最後の最後までは何もかも順調だったのだ。
どこかのアホが気を抜いた拍子に足を滑らせて崖を転がり、エリアに点在する無数の洞窟の一つ……即ち、連結する大規模ダンジョンの入口へ呑まれるまでは。
物の見事なホールインワン。そしてキッカケはアホの大ポカであったものの、その後に続いた追撃こそが真なる不幸────
定期的に全ての入場口がシャッフルされるという【噓泣きの岩窟】の心折仕様が奇跡的もとい悲劇的なタイミングで噛み合い、コンマ数秒の遅れで迅速に自分を追ってくれたパーティ員とバッサリ見事に分断されたのである。
普通に運が悪すぎる。
コケるにしても綺麗に最悪無比のタイミングでコケるかねというのもそうだし、芸術的なまでにシャッフル寸前で転移門を潜るかねというのもそう。自己擁護というか純然たる事実として、狙ってやろうとしても難しいレベルである。
だから……けれども、そこまでは不運で済んだ。メッセージで連絡を取ったパーティ員たちも『なにしてんすかwww』とか『どんだけ不運なの可哀想』とか『唐突なドジっ子は刺さるから控えて』とかなんとか笑い話で済ませてくれたのだ。
────そう、
危険地帯にて単身孤立無援という状況で徐々に……否、加速度的に冷静さを失った馬鹿者が、ここから出たいという一心で『出口』を潜ってしまうまでは。
【噓泣きの岩窟】の入場口は、定期的にランダムでシャッフルされる。
つまりそれは、出口も同じく、ランダム化するということで────
「────────ぁっ、死……」
その結果が、今。
華麗にエリア中心部……即ち基本は平和な岩山地帯表層にて唯一の危険域こと、ハーフレイドボス【渦に棲まう竜喰蟲】の縄張りへ転がり込んだ餌一丁。
あれよあれよと、巣へ引きずり込まれてコレこの様。終わりは推定一秒後。
ヒトを優に超えるサイズの口鋏が大きく開かれ、地獄の視覚化とでも言うべき蟲の口器から放たれる仮想の────けれども確かな『死』の臭いが、
アバターを撫でた、その瞬間。
────パーティの方々、ご迷惑ご心配をおかけして申し訳ない。
────大丈夫。自己責任。先に帰って恥ずかし笑顔で出迎えます。
────ゲーム。これはゲーム。大丈夫。
大丈夫、大丈夫、どうせ一瞬だから大丈夫、目を瞑ればいいだけ怖くない自業自得だよ仕方ない怖くない次からは気を付けよう怖くない怖くない────
そうして結局、目蓋さえ動かせないほどの恐怖に竦んだ、その瞬間。
「ん」
不意に耳をくすぐった、明らかに『死』と縁遠い鈴音のような声音と共に。
目の前一杯を塗り潰した青銀の輝きが、まともに聞き取れないほどの音響ゆえに無と化した撃轟を以って────ヒト喰い蟲の頭を、一息で消し飛ばした。
なにこれ。主人公とヒロインですか。
なお【嘘泣きの岩窟】に出現するメインエネミーは老若男女様々なヒトの泣き声めいた鳴き声を発する巨大な山椒魚のような怪物で、熱を好む習性を持つため岩窟内にプレイヤーが入場するとワラワラ一斉にダンジョン中から集まり始めます。
そりゃ怖くて逃げたくもなるでしょ。




