第8話:冷酷王子の手腕と、静かなる遠籠
「――で、父上。急ぎのご用件とは何でしょうか」
王宮の執務室。
重々しい扉の向こうで、レオン・グランヴェルは、父親である国王の前で淡々と首を傾げていた。
「おお、レオン! 来てくれたか! 実はな……隣国との国境付近で不穏な動きがあり、交易ルートの調整と反乱分子の鎮圧をめぐって書類の山が積み上がってしまってな……。腕利きの騎士団の配置と外交文書の作成を、お前に頼みたいのだ」
国王は困り果てた顔で、デスクの上にうずたかく積まれた書類の山を指さした。普通なら優秀な文官や大臣たちが総出で数週間はかかる代物だ。
「……なるほど。これを片付ければよろしいのですね」
レオンは銀髪を軽く払い、冷ややかな瞳で書類の山を見下ろした。
心の中では『せっかく彼女と二人きりでお肉を楽しんでいたというのに』とわずかな苛立ちを覚えつつも、その美しい顔には完璧な笑みを浮かべる。
「分かりました。……三日で終わらせます」
「は!? さ、三日!? いくらお前でもそれは無理だろ――」
「三日で終わらせます。ですから父上、終わった後は僕の自由時間を一切妨害しないでくださいね?」
静かな丁寧語の中に凄まじい威圧感を漂わせ、レオンはペンを取った。
――それからの三日間。
王宮の執務室は、側近や文官たちにとって地獄と化した。
「レオン様! 外交文書の解読が完了しました!」
「こちらの兵術配置案、確認をお願いします!」
「寝てくださいレオン様! あなたが不眠不休で完璧に仕事を処理されると我々の立場が――!」
「黙って手を動かしてください。僕には一刻も早く会いたい人がいるのです」
氷のような冷酷さと常人離れした処理能力で、レオンは怒涛の勢いで書類の山を粉砕していった。
政治的駆け引きも、不穏な動きを見せる貴族への牽制も、すべて完璧に三日間で処理しきってみせたのだ。
◇
「……ふぅ。これで終わりですね」
三日目の夜。
最後の書類にサインを終えたレオンは、羽ペンを置いて優雅に背もたれへ体を預けた。
疲れなど微塵も見せず、むしろその瞳には怪しいほど濃密な熱が宿っている。
「レオン様、お見ごとでございます……! これで国境の件は完璧に収まりました!」
感涙する側近を余所に、レオンは手首に巻かれた不揃いな布切れ――あの森で彼女が巻きつけてくれた応急手当の布に、そっと愛おしそうに触れた。
「さて……。僕がこの三日間、死力を尽くして仕事を片付けている間、僕の愛しいお嬢さんはどうされているでしょうね」
レオンは薄く美しい唇を歪め、楽しそうに目を細めた。
彼女の性格だ。あの秘密のバラ園から逃げ帰った後、絶対にただじっとしているはずがない。
僕から逃げるために、必死で可愛らしい知恵を絞っているに違いないのだ。
(さて……僕の可愛いリリアーナ嬢。あなたは次はどんな手で僕から逃げようとしているのですか?)
あらかじめ影の情報網には、彼女の最近の動きを逐一監視し、報告書をまとめるよう指示を出してある。
だが、今すぐその報告書を開く気はなかった。
(まずは一息ついてから、ゆっくりと拝見しましょう。あなたが必死に作った逃げ道を、どうやって塞いで差し上げようか……ふふ、楽しみで仕方がありませんね)
窓の外に広がる夜空を見上げながら、銀髪の冷酷王子はゾクッとするほど美しい笑みを深めるのだった。




