第7話:束の間のおあずけと、次なる回避作戦
(やばいやばいやばい!! 逃げ場がない!!)
目の前に差し出された極上肉パイの香ばしい匂いと、逃がさないとばかりに私の手を包み込むレオン王子の冷たい指先。
銀髪の隙間から覗く王子の瞳は濃密な熱を帯びていて、私の「可憐なお嬢様」のメッキは今にも剥がれ落ちそうだった。
(くっ……! 食べたい! 肉パイ一口でかぶりつきたい!! だけどここで「うまー!」って食べちゃったら、私の『儚げなお嬢様ライフ』が完全に終わっちゃうのよーーー!!)
極限の精神状態で必死に耐えていた、まさにその時――。
「――殿下、失礼いたします」
静かな声と共に、王子の専属執事がすっと東屋へ現れ、深々と頭を下げた。
「お楽しみのところ大変申し訳ございません。国王陛下より、大至急ご相談したい件があるとお呼び出しでございます。……どうしても、今すぐ殿下のお力が必要とのことです」
「……父上からですか」
レオン王子の眉が、ほんの少しだけ不機嫌そうに寄った。
握られていた私の手にキュッと少しだけ名残惜しそうな力が込められたが、やがて名残惜しそうに離される。
(神様仏様国王様ーーー!! ナイスタイミングすぎる!! 助かったぁぁぁ!!)
心の中で小躍りしながら、私はすかさず儚げな笑みを貼り付けた。
「まあ……国王陛下からのお呼び出しでしたら、大変でございますわね。どうぞお気になさらず、お仕事へお向かいくださいませ……」
「……申し訳ありません、リリアーナ嬢。本当はもっと、あなたと二人きりで美味しいお肉を味わいたかったのですが」
レオン王子はゆっくりと立ち上がると、私の目の前で寂しそうに微笑んだ。だが、その瞳の奥の重い執着の光は一切消えていない。
「ですが……これで終わりだとは思わないでくださいね? 近いうちに、必ずまたお会いしましょう。逃げる時間はたっぷり差し上げますから……どうにかして僕から逃げ切ってみせてください」
(逃げ切ってみろって、鬼ごっこ感覚なの!? 王子様の圧が凄すぎるのよ!!)
「ふふ……お戯れを。それでは、失礼いたしますわ……」
優雅にお辞儀を交わし、私は命からがら馬車へと乗り込んだ。
「はぁぁぁぁぁぁぁ――――――っ!!!!」
馬車が王宮の敷地を出た瞬間、私はシートに深く倒れ込み、今日一番の大きな息を吐き出した。
(助かった……! 本当に助かった……! あのままだったら肉パイの誘惑と王子の顔の良さに負けて正体を白状するところだったわ……!)
胸を押さえて荒い息を整える。
だけど、全然安心なんてできない。あの執念深すぎる銀髪王子は、絶対にまたすぐ次の手を打ってくるはずだ。
(『逃げる時間はたっぷり差し上げます』って言ってたわよね……? 望むところよ!! 私は絶対に『可憐でおしとやかなお嬢様』のポジションを譲らないんだから!!)
引きこもり作戦(作戦①)は先手を打たれて潰された。
ならば、次に取るべき行動は――!
(作戦②! 【習い事&社交でスケジュールを秒単位で埋め尽くす(多忙)作戦】よ!!)
馬車の窓の外を睨みつけながら、私は拳を握りしめた。
(今日から私は、ダンス、マナー、刺繍、絵画、お茶会と、朝から晩まで分刻みのスケジュールで動き回る超多忙令嬢になるの! 『あいにく先約がございまして……』って言いつづければ、いくら王子でも強引に割り込む隙はないはず!!)
自室に帰ったらすぐに分刻みのスケジュール表を作ろうと意気込む私。
――しかしこの時、私はまだ知らなかったのだ。
多忙作戦で通い始めた「絵画教室」や「ダンスの家庭教師」に、なぜか銀髪の完璧すぎる青年が颯爽と現れることになる未来を……!




