第6話:逃げ場なしのプライベートお茶会
「うぅ……なんで私がこんな目に……」
馬車に揺られながら、私は深いため息をついた。
『僕自らローズベル公爵邸へ出向き、あなたを抱きかかえて王宮へお連れすることになりますが……』
あの脅迫めいた手紙を突きつけられた以上、選択肢なんて最初からなかった。
断れば本当にあの銀髪の王子が我が家に乗り込んできて、お父様とお兄様と大決闘になり、国が一回滅びかねない。
(行くしかないじゃないのよ……! でも大丈夫、今日の私は完璧な『可憐でおしとやかな公爵令嬢』! どんなに突っ込まれても『まあ、殿下ったらお戯れを』で押し通してやるわ!!)
馬車が到着したのは、王宮の中でも限られた者しか足を踏み入れられない『秘密のバラ園』。
咲き誇る大輪のバラに囲まれた東屋で、彼は待っていた。
眩しい陽光を浴びて煌めく美しい銀髪。隙のない立ち振る舞い。
テーブル越しに私を迎えるレオン王子は、まるで一幅の絵画のように美しかった。
「ようこそ、僕の愛しいお嬢さん。……断らずに来てくださって嬉しいですよ」
「お招きいただき、光栄に存じますわ、レオン殿下……」
私は可憐に微笑み、完璧なカーテシーを披露してから指定された席についた。
(よし、完璧な滑り出し! 落ち着け私、このお茶会を笑顔で乗り切れば私の勝ちよ……!)
だが、席についた瞬間に私の視線はテーブルの上で固定された。
そこに並べられていたのは――上品な紅茶と、山のように盛られた美味しそうな肉料理、そしてスタミナ満点の極上肉パイだった。
(……え??? お茶会……だよね???)
「おや、お気に召しませんでしたか?」
レオン王子が、氷のように美しい顔に薄く笑みを浮かべて首を傾げる。
「あなたの体格や好みについて、少し調べさせていただきました。華奢な見た目に反して、しっかりとした栄養度の高いお食事をお好みだと聞きましてね。……あの森で僕を助けてくださった時も、非常に素晴らしい身体能力でしたから」
(調べ上げられてる―――――!? 怖っ!! 観察力と情報網が怖すぎるんだけど!!)
「で、殿下……お戯れを。わたくし、このようなボリュームのあるお料理は、見ているだけで胸がいっぱいになってしまいますわ……」
引きつりそうな頬を必死で固定し、私は胸に手を当てて儚げに呟いた。
(くっ……!! 目の前にある焼きたての肉パイがめちゃくちゃいい匂いするのに!! 一口でかぶりつきたいのに!! 食べられないなんて何の生殺しなのよーーー!!)
私の必死の抵抗を、レオン王子は愛おしそうな、けれど恐ろしいほどに濃密な眼差しで見つめてくる。
「ふふ、可憐に振る舞うあなたも愛らしいですが……僕の前でまで嘘をつく必要はありませんよ」
スッと、レオン王子がテーブル越しに手を伸ばしてきた。
逃げる隙もなく、私の白く細い指先が、彼の長くて冷たい指に捕らえられる。
「あ……」
「あの森で、巨大な魔物を拳と蹴りでボコボコに殴り倒していたあの凛々しいお姿……。冷酷な異母兄たちとの権力闘争に疲れ、諦めかけていた僕の目に、あなたはどれほど眩しく映ったか」
銀髪の隙間から覗く王子の瞳が、熱く、重く、どろりと深みを増していく。
「あなたが僕を救ってくださったのです。……だから今度は、僕があなたを絶対に手放さない。あなたがどれほど逃げようと、僕は何度でもあなたを捕まえます」
丁寧語のまま、一切の退路を絶つような言葉。
手袋越しでも伝わってくる王子の体温と、その言葉の重みに、私の心臓が「ドクン!」と大きく跳ね上がった。
(やばい……!! 顔がいい!! 顔が良すぎる上に、言ってることの重みがキャパオーバーを起こしてる!!)
「さあ、リリアーナ嬢。まずはそのお肉パイから召し上がってください。……僕の前では、あなたの本当の姿を見せていただきたいのです」
優しく、けれど絶対に逃がさない力で手を握られたまま、私は可憐なお嬢様のお面が音を立てて割れていくのを感じるのだった。




