第9話:分刻みスケジュール作戦と、完璧すぎる新任講師
「ふふふ……勝ったわ! 今度こそ私の完全勝利よ!!」
自室の机に向かい、私は羽ペンを握りしめて高らかに笑い声を上げた。
目の前に広がるのは、完璧に埋め尽くされた今週のスケジュール表だ。
* 月曜日: 社交ダンスの特別レッスン&淑女のマナー教室
* 火曜日: 高級刺繍の鑑賞会&極上紅茶のお茶会
* 水曜日: 高級絵画のデッサン教室&バイオリンのレッスン
* 木曜日: 伝統的なフラワーアレンジメント&詩文の朗詠会
* 金曜日: ローズベル家代々の歴史学&領地経営の基礎
朝から晩まで、分刻みでビッシリと習い事と社交の予定を詰め込んだ。
(これよ! これぞ作戦②【習い事&社交でスケジュールを秒単位で埋め尽くす(多忙)作戦】!!)
私はフフンと胸を張る。
いくらあの銀髪の王子様が強引だからって、公爵令嬢としての嗜みや伝統ある習い事の最中に割り込んで来られるはずがない。
お誘いが来ても『まあ、大変光栄ですわ……ですがあいにく先約がございまして』と儚げに断り続ければ、流石の王子も手出しはできないはず!
(引きこもり作戦は先手を打たれたけど、この多忙作戦なら完璧! 我ながら天才的な閃きだわ!!)
自分の完璧な作戦に酔いしれていた、まさにその時――。
コンコン
と、部屋のドアが控えめにノックされた。
「リリアーナ様、失礼いたします。本日よりお申し込みになられておりました『特別絵画教室』の講師の先生がお見えになりましたわ」
侍女の声に、私はパーッと表情を輝かせた。
(さっそく来たわね! よーし、絵を描いて描いて描きまくって、王子の入る隙なんて一秒も作らないんだから!)
「ええ、すぐに向かいますわ!」
私は完璧な『可憐でおしとやかな公爵令嬢』の笑みを貼り付け、サロンへと向かった。
静かなサロンの扉を開ける。
「初めまして、先生。本日より絵画のご指導を――」
言いかけた私の言葉は、完全に凍りついた。
窓辺から差し込む柔らかな光を浴びて立ち上がったのは――流れるような美しい銀髪と、隙のない上質な衣装を纏った、息をのむほど美しい青年だった。
「初めまして、リリアーナ嬢。本日よりあなたの絵画指導を担当させていただくことになりました……レオンです」
氷のように美しい顔に、ふわりと優雅な笑みを浮かべてお辞儀をする人物。
(……は????)
私は己の目を疑った。
こすってみた。二度見してみた。
(嘘でしょ……?? なんで?? なんで王宮で一番偉いレベルの第二王子が、うちのサロンで絵筆持って立ってるの―――――!?!?)
「で、殿下……!? なぜこのような場所に……!?」
「なぜ、ですか? ふふ、あなたが多忙を理由に僕との時間を避けるかもしれないと考えましてね。ならば、僕があなたのスケジュールの中に飛び込めば良いと考えたのです」
レオン王子は丁寧語のまま、静かに、けれど確実に私との距離を詰めてきた。
「幸い、僕は昔から絵画には多少の嗜みがありましてね。前の講師の方には相応の謝礼をお支払いして、代わりを譲っていただきました」
(買収してる―――――!? 王子の権力と財力をそんなことに使わないでよ!!)
「さあ、リリアーナ嬢。今日は『可憐なモデル』として、僕の目の前でじっとポーズをとっていただきます。……二時間ほど、二人きりでじっくりとあなたを観察させていただきますね?」
(観察!? 蛇に睨まれた蛙状態なんだけど!? 逃げ場を塞ぐスピードが早すぎるでしょーーー!!)
銀髪を揺らし、執着の籠もった甘く重い瞳で微笑むレオン王子を前に、私の「多忙作戦」は初日で呆気なく崩壊するのだった。




