第3話:冷酷王子の接近と、完璧な猫かぶり
(やばいやばいやばい!! こっちに来る!! 絶対にこっちに来てる―――――!?)
人ごみを割って、一直線にこちらへと歩み寄ってくる銀髪の麗人――第二王子、レオン・グランヴェル殿下。
その完璧な容姿と冷ややかなオーラに、周囲の貴族たちは息をのんで道を開けている。
私は冷や汗をダラダラと流しながら、必死にバルドゥールパパの巨大な背中の影に隠れようと体を小さくした。
(落ち着け私! 大丈夫、あの時はフードを深くかぶって顔の下半分も布で隠してたんだから!! いくら勘が良い王子様でも、声と体型だけで『森で魔物をボコボコに殴り倒したゴリラ女』と『可憐な公爵令嬢』が同一人物なんて気づくわけがないわ!! シラを切り通せば勝ちよ!!)
心の中で激しく自分を励まし、いつもの「おしとやかモード」のスイッチを全開に入れる。
「……ローズベル公爵」
凛とした、低く心地よい声がすぐ目の前で響いた。
パパの背後からおそるおそる伺うと、そこには氷のように美しい微笑みを浮かべたレオン王子が立っていた。光を反射して煌めく銀髪が、恐ろしいほどに絵になっている。
「これはレオン殿下。夜会でお目にかかるとは珍しいことですな」
バルドゥールパパがむすっとした顔で挨拶を返す。サイラスお兄様も「妹に近づくな」と言わんばかりに険しい顔で胸筋を膨らませている。
そんな二人の凄まじい威圧感など、レオン王子はまるで気にも留めていない様子で、ふわりと視線を下げて私へと向けた。
「……そちらのお嬢様が、ローズベル公爵家の令嬢ですか?」
「は、はい……。お初にお目にかかります、レオン殿下。ローズベル公爵が娘、リリアーナ・フォン・ローズベルと申しますわ……」
私はスカートの裾を軽く持ち上げ、完璧なカーテシー(お辞儀)を披露してみせた。
声のトーンも三オクターブほど上げて、儚く可憐なお嬢様を完璧に演出する。
(ふふん、どうよこの完璧な令嬢ムーブ! 絶対にバレてないわ!!)
勝利を確信しかけた、その時だった。
「――おや?『初めまして』、ですか?」
レオン王子が、薄く美しい唇を歪めてクスクスと小さく笑った。
その冷ややかな瞳の奥に、恐ろしいほど濃密で暗い熱が宿る。
「……? ええ、わたくしのような未熟者が、殿下とお会いしたことなどございませんわ……」
「不思議ですね。僕には……どこかでお会いしたことがあるような気がしてならないのです」
スッと、レオン王子が私との距離を一歩詰めてきた。
パパとお兄様が「おい殿下!」「リリィに近寄るな!」と割り込もうとするのを、レオン王子は完璧な身のこなしでかわし、私の耳元へと顔を寄せる。
「例えば……そうですね。先週の、静かな森の中とか」
(ひぇっ……!?!?)
背筋にゾクゾクッと激しい寒気が走る。
レオン王子は丁寧語のまま、私にしか聞こえないほどの囁き声で、けれど逃げ場を塞ぐように言葉を重ねてきた。
「あの時、僕の手首に布を巻きつけてくださった可憐な手と……今のあなたのお手が、まったく同じ華奢さに見えるのは、僕の気のせいでしょうか?」
(ば……バレてるーーーーー!?!? 完全に特定されてるじゃん!! なんで手の手当てだけで気づくの!? 観察眼が警察官以上なんだけど!?)
パニックで目が泳ぎそうになるのを、私は必死の腹筋運動で耐えた。
「で、殿下……お戯れを。わたくしのような腕力もない儚い身で、森など恐ろしくて近寄れませんわ……」
「ふふ、可憐におしとやかなフリをされても無駄ですよ。……あの森でのあなたを、僕が忘れるはずがないでしょう?」
レオン王子の銀髪がサラリと揺れ、その瞳が執着に満ちた妖しい光を放つ。
「僕を助けてくださったあの日から……僕の心は、ずっとあなたに囚われたままなのですから」
(重い!! 言葉の重みが地球規模なんだけど!? 一目惚れっていうか、完全にヤンデレのスイッチが入っちゃってるじゃないのーーー!?)
表向きは引きつった笑顔を浮かべつつ、私の心の中は大惨事のパニックに陥るのだった。




