第2話:冷酷王子の執念と、運命の夜会
王宮の奥深くにある第二王子の執務室。
重厚な部屋に立ち込める空気は、凍りつくほどに冷ややかだった。
「――それで? まだ見つからないのですか」
デスクに置かれた書類の山から顔を上げず、レオン・グランヴェルは淡々と呟いた。
その声はどこまでも穏やかで丁寧。だが、部屋に控える側近たちには、それが氷の針となって突き刺さる。
「申し訳ございません、レオン様! 国中の護衛騎士団、さらには闇ルートの情報網まで総動員して探しておりますが……小柄で可憐な見た目でありながら、巨大魔物を素手で殴り倒すほどの武術の使い手など、どの名家にも見当たらず……」
側近が汗を吹き出しながら平伏する。
そう、『冷酷な第二王子』と恐れられるレオンが、いまや狂気とも言える執念で探している人物。
それは、あの忌々しい森で自分を救い、風のように去っていった……あの愛らしくも圧倒的な『太陽』だった。
レオンは羽ペンを置くと、自らの手首に巻かれた不揃いな布切れにそっと触れた。
あの日、彼女が自分の傷口に手早く巻きつけてくれた応急手当の布だ。今も片時も離さず身につけている。
(……見つからない? ふふ、そんなはずがありませんね)
薄く唇を歪め、冷ややかな瞳の奥にどろりとした暗い熱を宿す。
(小柄で、華奢で、可憐なシルエット。にもかかわらず、巨大魔物を拳と蹴りでボコボコに殴り倒すほどの圧倒的な力と戦闘センス。……隠せると思わないでくださいね。あなたがどれほど上手に正体を偽っていようと、僕は必ず見つけ出してみせます)
自分に何も望むことを許さなかった人生で、初めて手に入れたいと心から願った存在。
一目惚れなどという生ぬるい言葉では言い表せない、深くて重い執着が、胸の中で黒々と渦巻いていた。
「……ちょうど今夜は、父上が催す王宮夜会ですね」
「は、はい。国中の高位貴族が一堂に会する大きな夜会でございます」
「……結構です。そこに彼女が来ている可能性もゼロではない。僕も顔を出しましょう」
いつもなら無駄な社交を一蹴するはずのレオンが、すっと立ち上がった。
「覚悟してくださいね、僕の愛しいお嬢さん。二度と僕の視界から逃げられると思わないでください」
静かな丁寧語の中に秘められた激重なヤンデレオーラに、側近たちは背筋を凍らせるのだった。
一方その頃――王宮の豪華絢爛な大広間。
「まあ! リリアーナ様、今日のドレスも本当にお似合いで、まるで舞い降りた天使のようですわ!」
「本当ですわ。守ってあげたくなってしまいますわね」
絢爛豪華な夜会の会場で、私――リリアーナ・フォン・ローズベルは、可憐に微笑みながら優雅にお辞儀をしていた。
「まあ、皆様お褒めいただきありがとうございます。わたくし、胸がいっぱいですわ……」
引き締められたコルセットに耐え、守ってあげたくなる儚げな令嬢を完璧に演じ切る私。
――だがしかし!!
(うおおおおお腹すいたあああ!! なんなのこのお肉のいい匂いは!? あっちのテーブルにあるローストビーフの塊、今すぐそのまま手掴みでかぶりつきたい!! なのに一口サイズのカナッペしか食べられないなんて何の拷問!? ドレスの締め付けで腹筋も使えないし、早く帰ってスクワットしたいよーーー!!)
心の中では大暴れしながら、表向きは「ふふ……」と白百合のように微笑む。
「お前たち、あまりリリィを囲んで疲れさせるなよ? リリィ、気分が悪くなったらすぐに言うんだぞ」
「そうだぞリリィ! 変な男が近づいてきたら、俺がこの拳で社交界から追放してやるからな!」
隣では、熊のような父バルドゥールと、シスコン全開の兄サイラスが、ギラギラとした目で周囲の貴族たちを威嚇している。
(お父様もお兄様も威圧感が凄すぎるのよ!! 周りの貴族がビクビクしてるじゃない!!)
「あなたたち、少し静かにしなさい? リリアーナが困っているでしょう」
そんな二人を、おっとり上品な母ベアトリスが「ふふっ」と微笑みながら一言で沈黙させる。さすが我が家の裏の支配者、ベアトリスママ……!
そんなローズベル公爵家のいつものやり取りに内心でツッコんでいた、その時だった。
「――第二王子、レオン・グランヴェル殿下のご入場です!」
給仕の朗々とした声が響き渡り、ざわついていた会場が一瞬で静まり返った。
(ん? 第二王子? そういえば『冷酷王子』とか言われてる噂の人だっけ……)
人ごみの隙間から、会場に入ってきた人物を何気なく盗み見る。
そこにいたのは――銀髪を流し、隙のない洗練された礼服に身を包んだ、息をのむほど美しい青年だった。
氷のように冷ややかな瞳、周囲を寄せ付けない冷酷で完璧な立ち振る舞い。
だが、その顔を見た瞬間、私の思考はフリーズした。
(……え????)
よく見てみる。じーっと見てみる。
(……嘘でしょ? あの冷酷で有名な第二王子って……先週森で転がってた、あの『影の薄いイケメン』じゃない―――――!?!?)
冷汗がダラダラと背中を伝う。
(やばいやばいやばい!! なんで王子様が森で死にかけてたの!? ていうか、もし『あの時魔物をボコボコに殴り倒したゴリゴリのゴリラ女』が私だってバレたらどうなるの!? 私の完璧な『可憐でおしとやかな公爵令嬢』の立場が崩壊する!! お嫁に行けなくなっちゃうじゃない―――!?)
パニックになり、慌ててバルドゥールパパの巨大な背中に隠れようとした――その瞬間。
会場を見渡していたレオン王子の冷ややかな瞳が、ぴたりと私に止まった。
レオンの目が、カッと見開かれる。
そして――その整った唇が、ぞくっとするほど美しい、けれど恐ろしいほどに濃密な笑みを刻んだ。
『……見つけましたよ』
声には出さず、口元だけでそう囁いた王子が、ゆっくりと、まっすぐに私に向かって歩み寄ってくるのだった。




