第29話:黄昏のすれ違いと、極上の筋トレ
(((((あ、終わったーーーーーーーーー!!!!!!)))))
二階の窓辺で固まる私と、地上で村人たちに囲まれたまま見上げてくるレオン王子。
完璧に視線が交わったその瞬間、世界からすべての音が消え去ったかのような静寂が訪れた。
(引っ込め私! 今すぐカーテンを閉めて『何も見てません! 人違いです!』って顔をするのよーーー!!)
私が超音速でカーテンを引き直そうとした、まさにその時――。
地上のレオン王子の瞳に、凄まじい葛藤の嵐が吹き荒れたのが見えた。
(……っ、リリアーナ!? なぜ窓辺に……!?)
フードの隙間から覗くサファイア色の瞳が、動揺で激しく揺れている。
あの瞬間に僕と目が合ったということは、僕がここに忍んできたことに気づかれたということだ。
(ダメだ……! ここで身分を明かして押し通れば、村人たちとの騒ぎになり、何より彼女に『また追ってきた』と絶望されてしまう! あの時のように……また彼女を泣かせてしまうことになる……!)
胸を刺すような強い罪悪感と、愛しい彼女を今すぐ抱きしめたいという狂おしい執着。
二つの感情が凄まじい勢いでもみ合い、やがてレオン王子は苦痛に満ちた表情でギュッと目を閉じた。
「……おい、男! 何を上を見てボサッと立ち尽くして……」
「……失礼した。ただの通りすがりの旅人だ。……すぐに出て行く」
レオン王子は深々とフードをかぶり直すと、低く擦れた声でそう告げた。
そして、未練を断ち切るように……けれど最後にもう一度だけ二階の窓を悲しげに見上げると、ゆっくりと背を向けて足早に立ち去っていったのだ。
「なんだ、案外聞き分けのいい奴だったな」
「そうだぞ! リリアーナ様を脅かす奴は俺たちが追い払ってやるからな!」
下で得意気声をあげる『お守り隊』の村人たち。
だが、窓の隙間からその去り際を見ていた私は、心底ほっと胸を撫でおろしていた。
(た、助かった……! 王子、私の涙(※演技)を本気で気にして、村人に正体を明かさずに引き返してくれたのね……! 自重してくれて本当に良かったーーー!!)
◇
王子が完全に村の外へと去ったのを確認した私は、そっと窓の鍵をかけ、カーテンをぴっちりと閉めた。
「ふぅ……! 緊迫感がすごすぎて、めちゃくちゃお腹が減ったわ!!」
私は部屋の重厚な扉に鍵をかけると、可憐なお嬢様のドレスを脱ぎ捨て、動きやすい部屋着へと着替えた。
そして、別荘の侍女にあらかじめ頼んでおいた「療養用の高カロリー栄養食(極上肉のロースト&焼きたてパン大盛り)」のトレイをテーブルの上にドカンと広げた。
「いただきまーす!!」
ガツガツ! モグモグ!!
昼間の儚げな令嬢の姿はどこへやら、私は豪快な勢いで肉とパンを口の中へ放り込んだ!
「ん〜〜〜っ! 美味しい!! 緊張のあとの飯は最高ね!!」
極上のタンパク質と炭水化物が体に染み渡っていく。
そして、お腹がいっぱいになった私は、床にヨガマット代わりの厚手の毛布を敷き詰めると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「さあ、食べた分のエネルギーを全部分解して、ストレス発散よ!!」
フッ! フッ! フッ! フッ!
超高速で始める指立て伏せ!
続いて、片足でのスクワット百回!
仕上げに、部屋の柱を傷つけないよう寸止めで繰り出す超高速の連続突き!!
シュッ! シュッ! ズバァンッ!(※空気の裂ける音)
「ふぅぅぅぅ……! すっきりしたーーーーっっっ!!」
滝のような汗をかき、全身の筋肉を限界まで追い込んだ私は、仰向けにバタンと倒れ込んで天井を見上げた。
王子の追撃をギリギリで回避し、お腹いっぱい肉を食べて、思う存分筋トレで汗を流す。
(最高だわ……これぞ私の求めていた『療養ライフ』よ! この調子で王子が諦めるまで、ここで可憐なお嬢様を演じ切って逃げ切ってみせるわ!!)
爽快感に満ちた顔でガッツポーズを決める私だったが――。
この時、村を引き返したレオン王子が、「直接会うのがダメなら、外堀から逃げ場を完全に塞ぐ」という新たなヤンデレ策を思いついていたとは、まだ知る由もなかった。




