第26話:可憐な令嬢の裏・無双と、歓喜の翌朝
(よし、村人たちが寝静まったわね……!)
深夜。漆黒の夜行服に身を包んだ私は、別荘の窓から音もなく飛び出し、月明かりが差し込む山奥へと疾走した。
目指すは、昨日特定した『グレート・ウルフ』の群れの拠点。
昼間の「病弱で儚げなリリアーナ様」の仮面を脱ぎ捨てた今の私は、完全に解放された「肉体派」だ。
(村の皆さんが安心して暮らせるように、今夜中にサクッと片付けちゃいましょう!)
山奥の開けた谷間にたどり着くと、そこには体長三メートルを超える巨大な黒狼――ボス狼を中心に、二〇匹ほどのグレート・ウルフが潜んでいた。
夜目が利く狼たちが、一斉にこちらへ威嚇の低音を響かせる。
『グルルル……ッ!』
「悪いけど、村を脅かす害獣には容赦しないわよ」
私は可憐に(夜行服だけど)微笑むと、地面を思い切り蹴り飛ばした。
バァン!!!!
(((((速い……!?)))))
狼たちが認識する間もなく、私は一瞬でボス狼の頭上へと躍り出た。
空中で身を翻し、体重と筋力を完璧に乗せた右拳を、ボス狼の頑強な額めがけて一直線に叩きつける!
「私の穏やかな療養ライフを邪魔させないでぇぇぇぇっ!!!(裏拳)」
ズドドドドドォォォォン!!!!
地響きのような凄まじい衝撃波が谷間に吹き荒れた。
地面が大きく陥没し、一撃を叩き込まれたボス狼は、声すら上げられずにそのまま白目を剥いて沈黙。
『グラッ!?!?』
『グオオン!?!?』
一瞬でボスが沈められた光景に、残りの狼たちはパニックを起こしてパッと毛を逆立てた。
群れの頂点が、たった一人の人間(しかも拳一つ)に瞬殺されたのだ。
「さあ、次は誰から来……って、あれ?」
私が優雅に拳を握り直すと、残された二〇匹の狼たちは脱兎のごとく脱糞勢いで山奥の遠くへ逃げ去っていった。
「……あ、逃げた。まあボスを倒せば近寄ってこないわね!」
拳についたチリを優雅に払い、私はふぅと息を吐いた。
ストレス発散もできて、村の平和も守れて一石二鳥だ。私は大満足で素早く別荘のベッドへと戻ったのだった。
◇
そして翌朝――。
「リ、リリアーナ様―――っ!! 大変です、大変ですぞ―――っ!!」
村長さんが息をを切らし、村人たちを従えて別荘へと駆け込んできた。
私はすかさず「儚げで風に吹き飛ばされそうな病弱令嬢」のモードへと切り替え、ベッドから起き上がって困り顔を作った。
「まあ……村長さん、朝からどうされたのですか? そんなに慌てられて……」
胸元を押さえ、消え入りそうな声で尋ねる私。
「お聞きくだされ! 今朝、山狩りに向かった狩人たちが……あの村を脅かしていたグレート・ウルフのボスが、山奥で絶命しているのを発見したのです!!」
「まあ! それは本当ですの……!?」
「ええ! しかも、頭部に巨大な衝撃を受けたような跡があり、群れは完全に山奥へ逃げ去っておりました! 神のご加護……いいえ、きっと天使のように心優しいリリアーナ様がこの村にいらしてくださったおかげで、神様が奇跡を起こしてくださったに違いありません!」
「おお、リリアーナ様! あなた様はまさにこの村の幸運の女神様だ!!」
感極まって涙を流し、口々にリリアーナ称賛を始める村人たち。
(((((神のご加護じゃなくて私の右拳のおかげだけどね!!!)))))
心の中で盛大にセルフ突っ込みを入れつつも、私は完璧な天使の笑みを浮かべた。
「まあ……皆さまが無事で、本当によかったですわ……♡」
「おおお……なんてお優しい……!」
(よしっ!! これで村人たちの『リリアーナ様絶対防衛隊』の絆は固まったわ!! 可憐な令嬢のブランディングも完璧、村の平和も守れた!!)
村人たちの歓喜の声に包まれながら、私は心の中で勝利のガッツポーズを決めていた。
――だが、この時の私はまだ知らなかった。
公務を爆速で片付け、寝ずの番で馬を飛ばしたレオン王子が、すぐそこ(村の入口)まで迫っているという事実を。




