第25話:王子の焦燥と、溢れ出す執着
王宮の執務室。
窓の外には、暮れなずむ王都の街並みが広がっている。
だが、僕の心はここにはなかった。
デスクの上に置かれた一枚の報告書――そこには、僕の愛しい人、リリアーナ嬢が空気の綺麗な山間の別荘へと移動し、静養を始めたことが記されていた。
(リリアーナ……)
胸がキリキリと締め付けられるように痛む。
報告書をなぞる指先が、微かに震えた。
今すぐにでも馬を飛ばして、彼女の元へ駆けつけたい。
その華奢な肩を抱き寄せ、無事な姿をこの目で確かめ、二度と離さぬようこの手で強く抱きしめたい。
しかし――僕の脳裏に、あの日の悪夢が鮮明に蘇る。
『わたくしのせいで殿下のお手を煩わせ……お心が潰れそうなほど苦しいのですわ……っ!』
あの、ポロポロと涙を溢ぼす儚い瞳。
僕を拒むように向けられた、絶望に満ちた訴え。
(ダメだ……。また僕が押し掛けたら、彼女は僕の過剰な愛に圧迫され、罪悪感で再び涙を流してしまう……)
拳を強く握りしめ、僕はぎゅっと目を閉じた。
彼女を傷つけたくない。僕の存在が彼女の毒になることだけは、何としても避けなければならないのだ。
だが――。
ふと目を開けた僕の瞳に、どろりと濃密で暗い熱が灯る。
「……だが、僕以外の男が、あの無防備な彼女に近づいていたら……?」
静養先は、僕の目の届かない遠く離れた土地だ。
あんなにも美しく、儚げで、けれど誰よりも強く気高い彼女だ。あの土地の人間どもが、彼女の魅力に気づかないはずがない。
もしも、僕の知らないところで、誰かが彼女に気安く触れようとしたら?
もしも、彼女が僕以外の男に、あの愛らしい笑みを向けたら――?
考えただけで、胸の奥からドロドロとした暗い欲望が跳ね上がる。
(許さない……。彼女の瞳に映っていいのは、僕だけでいい。彼女の髪に触れていいのも、その愛しい声を聞いていいのも……すべて僕だけだ)
「殿下、本日の公務の予定ですが――」
側近の騎士が書類を手に恐る恐る声をかけてくる。僕が放つ殺気に、部屋の空気が凍りついていることにも気づかずに。
「すべてキャンセルだ。残りの書類仕事は今夜中に片付ける」
「えっ!? ですが、それは通常であれば三日はかかる量で……!」
「黙れ」
僕は氷のように冷たい声で制すると、美しく磨かれたデスクに向き直った。
「三日など待てるか。……僕は今夜中にすべての仕事を終わらせ、明朝、彼女の元へ向かう」
サファイア色の瞳に、狂おしいまでの執着と愛を燃え上がらせる。
(待っていてくださいね、リリアーナ。……僕の愛であなたを壊してしまわないよう、必死で我慢します。けれど……もし僕から逃げようとするのなら、その時は二度と部屋から出られないよう、金の籠に閉じ込めて差し上げますから――)
夜の静寂の中、王宮の執務室でペンを走らせる僕の口元には、艶やかな笑みが浮かんでいた。




