第19話:夜の森の殴り込みと、反省会
「――うわぁぁぁぁん!! 負けた! 完全に負けたわ私ーーーっ!!」
深夜。人目を忍んで屋敷を抜け出した私は、月明かりが照らす危険な『魔の森』の奥深くで頭を抱えて叫んでいた。
昼間のお茶会。
可憐なか弱き公爵令嬢として突っぱねるはずだったのに、あの極上魔獣肉パイの圧倒的な旨味と、レオン王子の「あーん」の前に完膚なきまでに敗北したのだ。
(あんなの……あんなの反則よ!! 筋トレ後の空腹にあの極上肉パイは卑怯すぎるじゃない!! 気づいたら『あー美味しい……♡』って顔して完食しちゃってたじゃないの私ーーーーっ!!)
思い出すだけで顔から火が出そうだ。
レオン王子はあの時、まるで珍しい小動物を愛でるような、ドロドロに甘い笑みを浮かべていた。私の「儚げ令嬢」のブランディングは、あの瞬間完全に崩壊したと言っていい。
「くやしい……!! 悔しすぎるわ……っ!!」
ドガァァァァン!!!!
荒れ狂う感情のままに叩きつけた右拳が、目の前に立ちふさがっていた巨大な岩石を木っ端微塵に粉砕する。
凄まじい衝撃波が夜の森を駆け抜け、木々がザァッと大きく揺れた。
その音と気配に引き寄せられたのか、森の奥から『グオォォォン!』と地響きのような咆哮が響き渡った。
現れたのは、体長三メートルを超える狂暴な魔獣『アーマード・ベア』だ。全身が硬い甲殻で覆われ、正規の騎士団が束になってかかってようやく倒せるレベルの猛獣である。
「グオォッ!?」
巨体で迫りくる魔獣。
だが、今の私にとって、その出現は絶好の「ストレス発散用サンドバッグ」でしかなかった。
「……ちょうどいいところに現れたわね」
私は可憐なドレスの裾を少しだけ持ち上げると、凶悪な魔獣に向けてニッコリと美しい笑みを向けた。
「私の……私の可憐な令嬢ライフを返しないさぁぁぁぁぁっ!!!!」
ズドッッッ!!!!
「グビャッ!?」
一瞬で間合いを詰めた私のストレートが、アーマード・ベアの頑強な甲殻を真っ向からぶち破り、その巨体をはるか後方へと吹き飛ばした。
ズドン、ズドンと大木をなぎ倒しながら倒れ伏し、二度と動かなくなる魔獣。
「ふぅ……すっきりしたわ」
拳についたチリを優雅に払い、私は大きく息を吐き出した。
やっぱり体を動かすのが一番のストレス解消だ。
しかし、拳を振るってスッキリしたものの、根本的な問題は何一つ解決していない。
(お父様もお兄様もお母様も王子側……。習い事も多忙作戦も買収され、無理難題のお茶会も完璧に攻略された……。私の周りの外堀、完璧に埋まり切ってるじゃない……!!)
冷たい夜風に吹かれながら、私は腕を組んでうーんと唸った。
(どうする? 次はどんな作戦で行く……!? 物理で逃げるのは最終手段だし、かといってこのまま王子のペースに巻き込まれたら、本当にヤンデレの飼い殺しルートまっしぐらよ……!!)
月を見上げながら、私は次なる起死回生の一手を必死に思案するのだった。




