第18話:理性の限界と、至高の一口
(だ、ダメ……! 匂いだけで脳が溶けそう……!!)
目の前でキラキラと肉汁を輝かせる、最高級魔獣肉のパイ。
そして、それをフォークで優雅に持ち上げ、極上の微笑みを浮かべる銀髪の王子。
(耐えろ私! ここで『うまーーーい!!』って叫んでガツガツ食べたら、私の『可憐なか弱き公爵令嬢』というブランディングが完全に崩壊するわ! 『あら、わたくしこのような脂っこいものは……』って儚げに断るのよ……っ!)
私はぐっとお腹に力を入れ、必死で理性を保ちながら、プルプルと震える声で口を開いた。
「で、殿下……お気遣いは大変嬉しいのですが……わたくし、あまり食が太い方ではございませんの。このような大きなお肉は……」
「ふふ、遠慮なさらないでください」
だが、レオン王子は私の拒絶など最初から聞こえていないかのように、甘く、けれど拒否を許さない手つきでフォークを私の唇へと近づけてきた。
「あなたがあの森で、どれほど力強く、どれほど逞しく戦われていたか……僕は知っています。あの時のあなたの美しさに比べれば、この程度の肉、一口の栄養に過ぎないでしょう?」
(隠す気なさすぎるでしょーーーーー!? 完全にバラしながら攻めてきてるじゃないの!!)
至近距離から注がれる、執着に満ちたサファイア色の瞳。
そして、鼻腔をダイレクトに支配する、香ばしいバターと極上肉汁の芳醇な香り。
(……あっ、もうダメ)
パチン、と自分の中で何かが切れる音がした。
「……いただきますわ」
限界を迎えた私は、そっと目を閉じ、差し出された肉パイを一口でパクリと食した。
その瞬間――。
(((((美味いいいいいいいいいっっっっ!!!!!!)))))
口の中でサクッと弾けるパイ生地!
噛みしめた瞬間に爆発する、濃厚でジューシーな魔獣肉の旨味!
絶妙なハーブの香りが肉の旨味を引き立て、噛めば噛むほどジュワジュワと溢れ出す極上の肉汁!!
(なにこれ!? 旨味の圧が凄すぎる!! 筋トレ後の体に全身の細胞が歓喜の悲鳴を上げてるわーーー!!)
「……っ!」
あまりの美味しさに、私は可憐なお嬢様の仮面を忘れて、思わずうっとりと瞳を輝かせてしまった。
対面に座るレオン王子は、その私の変化を見逃さなかった。
氷の王子と呼ばれた男の顔が、見たこともないほど愛おしそうに、そしてゾクッとするほど深みのある笑みに歪む。
「……ふふ、やはり。とても良いお顔をされますね、リリアーナ嬢」
(しまっ……!? 幸せそうな顔をしすぎたーーー!?)
「美味しいものを前にした時のあなたのその瞳……本当に可愛らしい。さあ、遠慮はいりませんよ。まだまだたくさん用意してありますからね」
レオン王子は満足そうに目を細めると、次々とパイを切り分け、手際よく私の口へと運んでくる。
(あ、あーんの無限ループに入っちゃったーーー!? でも……でも美味しくて止められない……!!)
こうして、可憐な令嬢のプライドと、圧倒的な肉の旨味の激闘は、見事に肉の勝利(と王子の思惑通り)で終わるのだった。




