第六話「策略」
数日後、俺は覚悟を決めていた。
魔物の被害は日に日に減っていったが、代わりに持ち上がったのはやはり食料の問題だった。ヴァイスベルク親子のおかげで、土地に戻れる領民は増えていたが一度上がった食料の値段はなかなか下がらない。さらに悪いことに、秋には納税があった。
ソレイユ王国の租税は人頭税で、毎年十月に領主に納めることが義務付けられている。集められた税の半分を領主が取り、残りを王国に納める。その額は八月末に行われる王侯会議で決められており、一度決まった税額は王でも動かすことができない。本来ならもう税額が決まっている時期だが、大侵攻の影響で、今年の王侯会議は開催が遅れていた。会議が開かれるのは十日後。
もし、例年通りの税額になれば税を払えないものが続出するだろう。例え払えても手元には銀貨はほとんど残らない。
秋が終われば冬が来る。北部の冬は厳しい。一月から雪解けの三月末までは外に出ることも難しいほど雪が降る。秋に保存が効く食料や燃料を手に入れられなければ多くの人間が死ぬ。
それだけは許せなかった。
ファニーとダミアンの犠牲を無駄にはできない。
「フリッツ様。今年は北部の税を無税にします!」
俺は大声を上げながらフリッツ様を訪ねた。そこは兵舎で周囲には多くの人間がいた。下働きの子どもが耳をそばだてた。メイド達が世間話をやめてこちらを見ている。
俺の突然の宣言にフリッツ様は目を丸くした。
「ジルベルト。何をいきなり言い出すのだ。そもそも税額は王侯会議で決めるもので、お前が勝手に決められるものではない。」
「はい。ですが私には、辺境伯として王侯会議の議決権が与えられております。そして、フリッツ様は公爵だ。議決権は伯爵以上の家に与えられます。これで二票ではないですか」
「いや、たしかにそうだが、王侯会議に参加する貴族は王家を入れて十一家。過半数にはあと四票足らん」
「何をおっしゃいますか。国の大英雄たるフリッツ様が無税を主張すれば、あと四票など容易く集まるでしょう!」
俺は当然のようにそう言った。周囲の人間のざわめきが大きくなる。ここが肝心だ。
堂々と話せ、ふてぶてしくていい。そうあの、レナードのように。
「待て、ジルベルト。私はまだ無税に賛成するとは言って……」
「皆の者聞け!!」
俺は慌てたように話すフリッツ様の台詞を遮った。
こちらを見つめる周囲の人間に大声で宣言する。
「今年の税は、このジルベルト・フランベルクとフリッツ・ヴァイスベルク公爵が無税にしてみせる! だから、今は耐えろ。冬に備えろ。隣にいる者はお前たちの敵ではない。共に困難に立ち向かうための味方だ。食料を分け合え、協力しろ。春を、皆で迎えようではないか!」
歓喜の声が湧いた。フリッツ様が呆然としている。
無理もない。俺は国の大英雄をはめたんだ。だが、手はこれしかなかった。今年の税が無税になれば食料も買える。燃料を買う余裕もできる。領民を死なせないためには、なりふり構っていられる余裕はなかった。
やがて、ようやく我に返ったフリッツ様が、俺に近づいてきた。
「ジルベルト、気持ちは分かる。だが、私一人の力では、無税は無理だぞ」
それは分かっていた。フリッツ様は国の英雄で、二つしかない公爵家の当主だ。だからといって、なんでも出来るわけではない。だが、まったく影響がないわけでは、当然ない。
「策は考えてあります。何卒、ご協力を」
俺は頭を下げた。これくらいしか、この方のためにできることはなかった。だけどフリッツ様なら、分かってくれると思った。何しろこの方は、あのレナードの父親なのだから。
しばしの沈黙のあと、はたしてフリッツ様は頷いてくれた。
「レナードばかりにいい恰好させるのは癪か」
そういって笑うフリッツ様の顔にレナードの笑みが重なった。この親子には一生頭が上がらないだろう。
俺は再度深く、頭を下げた。
◇
レナードに酒を奢る機会は予想より早く訪れた。
俺がフリッツ様をはめたことを聞きつけたレナードが、上機嫌でやってきたからだ。
ルシアンを寝かしつけた俺は、地下の貯蔵庫からワインを二本持ち出した。ラフォンテーヌ領産高級品だ。元々はダミアンの物だが、あいつなら分かってくれるだろう。それにレナードと飲むならば、三人で一緒に飲みたかった。
執務室の机の上に、俺はグラスを三つ並べた。
『ダミアンに』
二人で声を合わせて乾杯する。この部屋で三人で最後に飲んだのはいつだっただろうか。
しばらく思い出と酒に浸ったあと、最初に口を開いたのはレナードだった。
「まさか、お前が親父をハメるとはな。ふだんは犬ころのみたいに親父に付き従っていたくせに」
忠犬に噛まれたような顔をしていたぞ。とレナードが笑う。犬ころとは酷い言いざまだ。だいたいこいつと比べれば誰だって忠犬だ。見境なく噛みつく野犬に言われたくはない。
「噛みついたつもりはないんだがな」
言いながらレナードのグラスにワインを注いでやる。次の策のためにはこいつの協力がどうしても必要だった。レナードはそれを一口で飲み干した。まったくこいつには、酒を味わうという考えはないのだろうか?
俺は自分のグラスに口をつける。心地よい渋みが口を満たした。ダミアンめ、こんないい酒を残してたのか。
「それで、次はどうするつもりだ。」
レナードが聞いてきた。「次」が気になってしょうがないという顔をしている。
俺は黙ってソレイユ王国の地図を広げた。
そこには王侯会議の議決権を持つ、王家と十の上級貴族の領地が載っている。
「今、確保しているのは二票」
最北にあるベルンシュタイン領と、最南端に広がるヴァイスベルク領を指さすと、レナードが黙って頷いた。俺とフリッツ様が持つ票だ。
「過半数にはあと四票がいる。棄権などで同票になれば王家が票を入れた方が優先されるから、本来ならば取りたいところだが……」
そういって国の中央にある王都カナールを指す。
だが、レナードは即座に首を振った。
「王が賛成するわけがない。北部が無税になれば一番打撃を受けるのは国の財政だ。多少の同情はひけるかもしれんが、大臣どもが黙っていないだろう」
俺はそれに頷く。
「同様の理由で中央の三貴族も取れない。」
王都を囲むように位置する、モンフォール侯爵領、ラフォンテーヌ伯爵領、エクレール伯爵領、この三貴族の領地は王都にあまりに近すぎる。王の不興を買ってまで、無税に賛成するとは思えなかった。
「となると、あとは南部のコルレンテ、ブランシャール、ヴァレンティーニと、アルドレット地方のアルドレットとルナールか」
レナードが考え込む。この五貴族のうち四貴族を味方につけなければ無税は勝ち取れない。普通に考えれば難しい。北部の危機など、南部にとっては対岸の火事でしかない。
だからこそ、策が必要だった。
俺はレナードにそれを話した。正直怒鳴られるくらいは覚悟していた。だが、レナードは意外にも冷静にそれを聞き、最後には、静かに頷いた。
「いいぜ。乗ってやる」
俺はレナードとグラスを合わせた。硝子が高い音を立てる。
それは戦いの火蓋が切られた音だった。
七話~十話は順次更新していきます。
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