第五話「辺境伯」
翌日。俺はフリッツ様から辺境伯の叙任を受けた。
「貧乏くじを引かせてすまないな」
フリッツ様がすまなそうにそう言った。この人には昔からよくしてもらっていた。国で一番の英雄だというのに気さくで、下の人間のことをいつも考えてくれている。だからこそ、多くの優秀な戦士がフリッツ様に忠誠を誓うのだろう。正直、レナードの父親なのが信じられないくらいだった。
だから、俺はフリッツ様を安心させるようにこう答えた。
「大丈夫ですよ。ここはダミアンとフランシスカが守った土地ですから。それに、ずっとというわけではないんでしょ?」
俺に与えられた辺境伯は臨時の爵位だ。将来的にはベルンシュタイン家に領地を返すことになるだろう。だが、跡継ぎのダミアンの子はまだ生まれてもいない。モニカのお腹は日に日に大きくなっていたが、出産はまだ先だろう。
モニカと生まれてくるダミアンの子のためにも、俺はこの街を復興させなくてはならない。
そうだろう、ファニー?
――それでこそ、あたしが愛したジルベルトだ』
ファニーの声が聴こえた気がした。
「それでフリッツ様。これからのことですが……」
俺はフリッツ様と今後のことを話し合い始めた。
何しろ、問題は山積みだ。
◇
「想像以上だな、これは」
辺境伯に叙任されて三日目。俺は早々に音を上げそうになっていた。
魔物の討伐。日に日に増える難民。高騰する食料。悪くなる治安。そして四か月後に迫る、冬。
どこから手をつけていいのか、正直分からなかった。俺は連日フリッツ様の元を押しかけて相談を持ち掛けた。
プライド? そんなものは俺にはない。あるのはどうやって領民を生かすか、それだけだ。
陳情に来る人間の声は残さず聴いた。難民には城の備蓄の食料を解放した。だが、それもあっという間に尽きた。高騰した食料を買い足すのは難しい。そして腹が減れば、人は怒りやすくなる。何より将来に対する不安がそれを増長していた。
街の治安はフリッツ様のおかげでかろうじて保てていた。大英雄とその部下に面と向かって逆らえる人間はそうそういない。だが、その威光が効くのはあくまで人間が相手の時だけだった。
南部の戦士たちは魔物との戦いに慣れてはいない。フランベルクの戦士団たちが頑張ってくれてはいたが数が足りなかった。広すぎる北部に、どうしても見捨てないといけない地域が出てくる。せめてあと一人。単騎で状況を打開できる人間がいれば。
そう、俺のように。
『魔物退治はもう辞める』
ルシアンとの約束が重くのしかかっていた
俺が出れば、魔物退治の問題は解決する。だが、俺はまた約束を破るのか?
忙しい中も俺は、必ずルシアンと会う時間を作っていた。俺が会いに行くと、ルシアンはいつも笑顔で俺に駆け寄ってきた。そんなルシアンを置いて、また俺は戦いに出なければならないのだろうか。
約束と責任に板挟みになる。どうする? どうするべきだ?
思考が堂々巡りに陥る。元々俺は考えるのは得意な方ではない。身体を動かしている方がよっぽど楽だ。悩んだ末に討伐に出ることを決意しはじめた俺に、その報告は届いた。
「また、漆黒の騎士が現れました!」
その馬鹿みたいな名前の騎士は突如として現れた。
漆黒の装束に身を包んだ騎士が、魔物を退治して回っているというのだ。
最初は何の冗談かと思ったが、目撃報告は毎日のように続き、おびただしい量の魔物が狩られていった。領民からは「祖霊が遣わした救世主だ」とさえ言われているらしい。
いったい何者なのだろう? 魔物を狩ってもらえるのは助かるが、領主として把握していない戦力が暴れまわっているのは看過できなかった。それほどに漆黒の騎士が狩った魔物の数は異常だった。小隊に匹敵する戦果だ。俺は、部下の役人たちに情報を集めさせた。
「人とは思えない剣の腕でした。きっと祖霊の使いです」
「髪は長い金髪で、ええ。灰色がかっていたと思います」
「あんなにでかい剣を人間が振り回せるだなんて、おら知らなかっただ」
「まるで野獣のような笑みで魔物を狩ってました。祖霊の使いというよりは、狂戦士かも」
情報が集まるにつれて、俺は笑い転げたくなった。
どう考えても、こいつはレナードだ。
あの天邪鬼はどうやらまだベルンシュタインの領内にとどまっているらしい。正体を隠しているのは父親であるフリッツ様に叱られるからだろう。本来ならあいつは、フリッツ様の代わりに南部の防衛をしていないといけないのだ。まったく、ありがたくって涙がでる。
「討伐と治安維持は、フリッツ様と漆黒の騎士に任せる。俺たちは内政に専念するぞ」
俺は部下たちに命じた。
――レナードにはそのうち、たかられるな。
この借りは高くつくだろう。だがその時は、俺は喜んであいつに酒を奢ろう。
これで俺は、次の手を打つことができる。




