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第七話「覚悟」

 王侯会議の開催まであと三日。

 俺はこの一週間、各家の情報を調べるのに必死だった。

 レナードの協力で策は実行できそうだったが、それだけで無税を勝ち取れるとは思っていなかった。あくまで策は最後の一押しに過ぎない。そこに至るまでの道のりを作らなければならない。

 誰が?もちろん俺がだ。

 各領地の特産品や近隣領地との力関係に始まって、現在の当主の性格、家族、はては食べ物の好みまで、俺はなんでも調べた。

 特に力を入れたのは、南部の三家とアルドレット地方の二家だ。王家とその周辺の三家は崩せない。情報を集めれば集めるほどそれは明らかだった。そうなれば残りの五家を崩すしかない。

 まず取り込みを考えたのは水運を支配するコルレンテ家だ。王都の西にはカナール湖という巨大な湖がある。ここから南部へ引かれたリアム運河、これを作ったのがコルレンテ家だ。

 当然影響力は大きい。南部の大穀倉地帯は双子領と呼ばれ、ブランシャール家とヴァレンティーニ家という二家が支配しているが、用水路の使用権を管理しているコルレンテ家には頭が上がらない状態だ。つまりコルレンテ家を取り込めれば、この二家も取り込める可能性がある。

 しかし、問題があった。

 昔からコルレンテは同じ侯爵であるベルンシュタインをライバル視していた。

 ――南のコルレンテと北のベルンシュタイン

 二つの街はずっと比較され続けてきたが、今回の大侵攻でコルレンテは名実ともに国の第二都市になったと言えるだろう。この状態ではたして、ベルンシュタインの復興に協力してもらえるだろうか?

 また、南東にあるアルドレット地方の二家も無視できない。

 アルドレット領は元々、アルドレット王国という古い国だった。だが、この国で生産される塩を巡ってソレイユ王国と戦争になり、百五十年前に併合されている。アルドレット公爵はこの王国の王家の血筋だ。追いつめられた当時のアルドレット王は、無血開城と全面降伏を条件に、公爵としてソレイユ王の臣下になることを選んだ。

 それ故か、歴代のアルドレット公爵は、王家に従順な傾向があった。下手に反意を疑われてはたまらないと言ったところだろう。そして、隣のルナール家はアルドレット産の塩を流通させることで富を築いた家だ。アルドレットの決定は当然ルナールに大きな影響を与える。


「これが、政治か」


 目の前に積み上げられた本と走り書きの山を見て、俺はため息をついた。

 剣で倒せる相手ならたとえ飛竜でも何とかする自信があった。だが、これはまったく別の闘いだ。情報と駆け引き。いかに利を説き、害を隠すか。そのためには、この山のような情報を覚えなければならない。それもただ暗記するだけではだめだ。有機的に情報を繋げて知識として使えるようにしなければ。

 言うなればこの羊皮紙の山は武器だ。

 たくさんの武器を準備して、適切なタイミングで相手にぶつける。


「剣よりカードだな、これは」


 騎士見習い時代、俺はレナードとダミアンの三人で酒場に出かけては、ずいぶんとカードを嗜んだ。

 俺とレナードは派手に賭けるのを好んだ。大勝ちする日もあれば、支払いに困るような負けの日もあった。だが、ダミアンは、決まって少量だけ勝った。

 一番勝った奴が酒代を出す決まりだったから、一番得をしていたのはあいつだったのかもしれない。

 ――思い出せ、あいつはどうやって勝っていた?

 いつも楽しそうに笑っているダミアンの顔が頭に浮かぶ。あいつはどんな時も冷静だった。決して勝負に一喜一憂しない。だが、着実に勝ちを拾って、最後には澄ました顔で笑うんだ。


「これでモニカにお土産が買える」


 って。

 俺の策を知ったら、あいつは怒るだろうか? それとも、褒めてくれるだろうか?

 俺は机の上の水を一気に飲み干した。

 王都カナールまでは船で下って二日。明日にはベルンシュタインを発たないといけない。

 その前に、話をしないといけない相手がいた。


◇


 部屋に戻ると、ルシアンは本を開いてベッドに転がっていた。まだ文字は少ししか読めないから、挿絵をながめていたのだろう。

 辺境伯になってからは、どうしてもルシアンと一緒にいる時間は減った。剣の稽古は三日に一度。素振りや走り込みの基礎訓練は使用人任せだ。それでも俺は、一日一度はルシアンと会う時間を作るようにしていた。

 本の読み聞かせは、その中で一番好きな時間だった。

 寝る前にルシアンが選んだ本を読んでやる。持ってくる本はいつも同じだ。俺は内心少し飽きながら、その本を読み上げる。

 それは建国神話に出てくる一人の戦士の物語だ。この国ができる前からこの地に住み、王と協力して魔物を追い払った赤毛の戦士。

 本の題名は「赤毛のフランベルク」と言った。

 要は、俺たちの先祖かもしれない人間の話だ。もっとも建国神話は四百年も前だ。本当にそんな人物がいたのかは分からない。だが、この国に赤毛の人間は少ない。もし物語が真実なら、俺たちにその血が流れている可能性は低くはなかった。だから俺も、この物語は暗唱できるくらいには読んでいた。

 いつものようにベッドに二人で寝転がって赤毛のフランベルクを読んでやる。ルシアンが先回りして台詞を読み上げた。たどたどしいルシアンの口調に笑いながら、俺は即興で言葉を返す。昔、親父が俺にしてくれたように。

 ――この時間が永遠に続けばいい。

 俺は心の底からそう思った。

 だが、そのためには、王侯会議で勝たなければならない。

 一通り笑い合って、二人で大の字になる。こいつが寝てしまう前に、話さないといけない。


「なぁ、ルシアン」


「なあに、とうさま?」


 ルシアンが首だけこちらに向けた。

 

「明日から、しばらくベルンシュタインを出る。留守番、できるか?」


 ルシアンが、がばっと飛び起きた。


「どこに、行くの?」


 その顔に浮かんでいたのは、置いて行かれるという不安ではなく、俺への心配だった。まったく、これではどちらが親か分からない。

 俺は笑いながらルシアンの赤髪をくしゃくしゃと撫でた。


「王都だ。ちょっと、決戦にな」


 そういって開きっぱなしだった、赤毛のフランベルクの頁を叩く。ちょうど王が、赤毛の戦士と九人の騎士を引き連れて魔物の群れに挑む所だった。この九人の騎士は、ソレイユ王国の貴族の祖だとされている。


「あぶなく、ないの?」


 声が震えていた。不安にさせてしまったみたいだ。まったく、俺はつくづく父親失格だ。


「大丈夫。今度の闘いは、剣を使わない闘いだからな」


 そういって、ルシアンを抱っこする。温かい。ファニーが残してくれた温もりだった。


「けんを、つかわない?」


 ルシアンが不思議そうな顔をした。


「ああ、そうだ。だから安心して待ってくれ。それに……そうだな」


 ぬか喜びをさせることになるかもしれない。だが、今は約束が必要だと思った。ルシアンにも、俺にも。


「春になったら、フランベルクに帰ろう」


 俺の言葉に、ルシアンはきょとんとした。そして、何かを理解したのか瞳が揺れた。

 ルシアンが俺にしがみついてくる。


「ほんとう? ほんとうに、かえれるの?」

 

 俺の胸元に熱い何かが流れるのが分かった。シャツが濡れる。ルシアンが顔を押しつけていた。


「約束する。帰ろう、俺たちの街に」


 ルシアンがとうとう声をあげて泣きだした。レナードに蹴られた時は、涙一つ見せなかったこいつがだ。

 俺は思い出していた。

 街のそばまで迫る森。雪どけの川。広場に立つ市。少し前までの当たり前の光景が、今はひどく懐かしく思えた。館は壊れてしまったから修理が必要だ。だけどそれだって、ルシアンと一緒にやれたら楽しいだろう。

 ルシアンが、やくそくだよ、と繰り返す。俺はそんなルシアンと軽く拳を合わせた。この地に伝わる契約の行為だ。

「赤毛のフランベルクに」と祖先に誓う。

 ルシアンが俺の真似をして言った。


「あかげのフランベルクに」 


 元から負けるつもりはなかったが、これでますます負けられなくなった。

 しばらくして、ルシアンは泣き疲れたのか眠ってしまった。俺は愛する息子をベッドに寝かせると、静かに立ち上がった。

 窓に俺の顔が映っていた。その顔は笑っていた。 

 それは戦場に向かう時と同じ笑みだった。


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