八. 青バラ畑
「でも、どうしてボクなの? 君は姫なんだから、君が言えばたくさんの人が動くだろうに、どうしてボクと君と二人だけで……」
「少数精鋭ですわよ、勇者様。小回りも利きますし」
「うーん。まぁ、ゲームとかではよくあることだけど……。
でも、そもそも本当にボクが勇者なのかなぁ……」
「心配せずとも、直にわかりますわ。誰が、真の再者なのか……」
「それもそうか。じゃあ、ボクは精々がんばるかねぇ。っつっても」
青バラ畑の中にある小道を進みながら、猿は首を傾げる。
「手がかりっていってもなぁ、ここのどこにあるのかなぁ?
なんかアイテムでも落ちてるんだろーか……」
獏はしゃがみこんで青バラ畑を調べだす。
「でもなぁ、ゲームと違って、現実でキーアイテム入手するのって、困難そうな……」
猿は手を止める。
「…………あ、あった!」
拾い上げたのは、金鎖。空を睨んで吠えるオスライオンの横向きの姿──なぜかマントをしている──の描かれた金のメダルがついている。
「こんな簡単に見つかっていいのかなぁ……」
とにかく姫に見せようと、獏は立ち上がる。
「……あれ? 姫? アンキ姫?」
どこか緊張感のなかった獏の顔が強張る。
絹を裂くような姫の悲鳴が耳に響く。
「ア、アンキ姫っ⁉︎」
漠はペンダントを握ったまま、声のしたほうへ走る。
ホワイトウルフがいた。
白い毛並みに赤い──血のような瞳。全副、一メートル三十~
四十センチといったところか。
姫は青バラ畑の中に開けた円形の休憩スペースに仰向けに倒れ、そのすぐそばにウルフ──その片足が、姫の胸の上に載せられている。
「ひ、姫ッ……⁉︎」
「いや、助けて……勇者様」
葡萄色の瞳に、少女は涙を溜めている。
「モ、モ、モンスター⁉︎ ま、街の──しかも、公園に……」
姫の胸に前足を載せたまま、ウルフは獏を見上げ威味する。
「ど、どうしよう、武器も何もないのに……!
ボ、ボクは、文系だから、ア、アクションは苦手なのに……っ!」
獏の右手が光り出す。
「な、なに⁉︎」
見ると、それは、手の中のペンダントの輝きだ。
ペンダントは光となり、長く細く形成する──、一振りの剣を。
「…………!」
ライオンの描かれた金色の柄を握り締め、獏は息を呑む。
ウルフが唸り声を上げ、獏に飛びかかる。
「う、うわ! そんな、いきなり!」
奇跡的に左に転がるようにして避け、慌てて身を起こす。
「ゆ、勇者様……!」
少女の声に、獏は顔を引き締め、剣を握り直す。
再び飛びかかってくるウルフに向け、剣を振るう。
──ボクが逃げれば、こいつは彼女を手にかけるかもしれい………!
「ボ、ボクがこいつの注意を引くから、君は逃げて……!」
気づくとそう叫んでいた。少女は驚いた顔をする。
が、その言葉に一番驚いたのは獏自身だ。
「……早くッ!」
ウルフは先ほど受けた一撃に、肩から赤い血を流し、獏から距離を取った場所にいる。
「で、でも、勇者様……」
「早くするんだ!」
獏が姫のほうを向いたその隙に、ウルフの爪が獏に迫る。
「……がっ⁉︎」
反射的に剣を振るが、ウルフは眺んでそれを避け、続いて跳び、獏の左足に噛みつく。
「うわぁぁぁっっ⁉︎」
思わず剣を取り落とし、その場に尻餅をつく。
「はぁ、はぁ、はぁ」
耳元で心音がする。鼓動が爆発しそうなくらい敷しくなる。
ウルフは今度は漠の左肩に噛みつく。
「う、うわぁぁッッ⁉︎」
背が石畳に叩きつけられる。ウルフにのしかかられて、獏は顔を真っ青にした。
「はぁ、はぁ、はぁ」
このままでは、喉を食いちぎられる!
剣を、剣を取らなきゃ……
すごい力で押さえられている──
このままじゃ……
ウルフが赤い瞳を残忍に狭め、獏の喉元へ食らいつく!
《バカヤロウ!》
刹那声が響き、赤い髪に金のメッシュを入れた少女の顔が脳裏に浮かぶ。
金の光━━剣が金に光っている。
光に目を瞑り、寸前で動きを止めたウルフの体へ、素速く手にした剣を薙ぐようにする━━ウルフは後方へ跳んで避ける。
《おまえは、オレを殺す気かッ!》
獏はそのまま剣をウルフへ向け伸ばす。剣から金色の光が走り、ウルフの体を包む。
「はぁ、はぁ、はぁ」
雷に撃たれたように動かなくなったウルフへ、獏は立ち上がり、左足を引きずって近づき、その体目がけて剣を振るう。
それを引き抜くと、赤い血が吹き出して、獏の体を濡らす。
「はぁはぁはぁ」
動かない獣を何度も何度も剣で刺し、それを屠った。
「………ッ?:」
返り血に染まった自身の服と屍を見、獏は戦慄し、絶叫する。
「な、なんで、なんで……ッ⁉︎」
《おちつけ、バカ! 幻影だ! それは命なき魔術で作り出された虚だ!)
「ま、まぼろし……?」
獏は目を狭め、ホワイトウルフの死体を見つめる。
すると、氷がものすごい早さで溶けるように、死体は跡形もなく消え去った。
服も元通り、血塗られてなどいない。脚の傷も肩の傷も嘘のように戻って━━治っている。
《幻術と甘く見るな! 人は湯と言われれば、水を熱いと感じることもある。同様に、術中に填ったまま、命に関わる傷を負えば、骸にだって成り果てる)
「き、君は、一体……?」
声は響くのに、もう赤い髪の少女の姿は感じられない。
《オレは、オマエの──》
「勇者様!」
黄緑色の髪の姫が、獏に駆け寄ってくる。
「勇者様、よかった……」
彼女は頬に幾筋も戻を流し、それでも遠慮がちに獏の腕に手を添える。
「…………な、なにがなんだが……。女の子の声が聞こえて、か、体が勝手に動いて、気づいたら狼を殺してて……」
獏は青バラ畑を見回す。
もう、赤毛の少女の声すら聞こえない……。
「か、彼女が、ボクを操って、助けてくれたのか?
だ、誰なんだ? 気のせいか、ボク、どこかで彼女を見たことがあるような──思い出せない……」
額に手をやり眉を寄せ唸る獏。
姫は目を半眼にし、どこか遠くを見るようにし、小さく笑った。




