九. 名もなき姫
「ど、どうして、モンスターがこんなところにいたんだろうj
……」
ライオンのペンダントを握り締め、獏は青バラ畑を抜ける。
子どもたちが遊ぶ砂場のほうへ行く。
「おかしいですわ。こんな街中に幻獣が現れるなんて……」
姫も唇に人差し指を当て、考え込んでいる。
「ねぇ、君たち、大丈夫だった? こっちのほうでは何もなかった?」
金髪のヒューマンの男の子がシャベル片手にしゃがんだまま、不思議そうに獏を見た。
「何が?」
「あ、いや。何もなかったんならいいんだ、うん。……あ、あのさ、このペンダントに見覚えないかな?」
カルガモのバードピープルの男の子が、砂山に手をやって座ったまま首を振る。
「知らない」
「じゃあさ……その、」
しまった。──ラフガ姫の容姿を獏は知らない。
「えぇと、お、女の子? を見なかった? って、いうか、女の子なんて誰でも見てるよね、何言ってるんだ、ボク……」
助けを求めるように獏は姫を見た。
「ボーイッシュな、十七歳くらいの女の人を見なかった?」
バケツのそばに座っているピンクの髪のヒューマンの女の子が首を傾げる。
「んーと、んーと……」
「やっぱり、写真か似顔絵でもないとダメなんじゃないかなぁ」
獏は弱気に呟く。
「……見たよ」
「えぇッ⁉︎」
獏はのけぞった。
ピンクの髪の女の子は笑う。
「んーとね、そのペンダントした女の人‼︎」
「ビビビビンゴ⁉︎ いつ、どこで、どうして、どんなふうに、どうなって!⁉︎」
「え、えーと……えっと、一週間くらい前のお昼過ぎくらいにあたしがこの公園に一人でいたら、そのペンダントをつけた、黄色い帽子を被った女の人が一人で来て、あたしに訊いたの。
『青バラ畑はどっちだ』って。
だから、あっちだって教えてあげたの」
獏たちは子どもたちに礼を言って、その場から少し離れ、ベンチに座った。
「このペンダントの持ち主がラフガ姫だとしたら、彼女は一週間前にここを訪れている」
「ラフが姫が行方不明になられたのは、ちょうどその頃ですわ……」
「お姫様が一週間も行方不明じゃ、おおごとだよね。きっと君がいなくなったら、王様は発狂しそうになっちゃうんだろうなぁ」
だって、こんなにかわいいんだもんなぁ。
彼女のほっそりとした色白の横顔を見つめ、獏は頬を赤らめる。
「有り得ない」
「どうして?」
姫は立ち上がり、逆光を受けて獏を見下ろす。笑ったようだ。
「不可能だから……」
「……?」
姫は獏に背を向ける。ちょうどその時、姫のすぐそばを買い物袋を下げた中年の女性が通るところだった。
「きゃっ⁉︎」
女性に押されたのか、姫が仰向けに獏のほうに倒れてくる。
「う、うわわ⁉︎」
ベンチから腰を浮かせ、獏は姫を抱き留める。
「だ、大丈夫?」
「す、すみません!」
獏と女性は焦ったが、何より慌てたのは姫だった。
落ちてしまったフードを素速く直す。
「──あ、闇姫⁉︎」
女性は急に供えた目をし、甲高い声を上げると、買い物袋を捨て、砂場に走り出す。
「みんな、に、逃げなさい、闇姫よ‼︎ 間姫が来たわ!」
子どもたちも顔を強張らせる。
「あ、闇姫⁉︎」
「災いの子!」
「に、逃げろ! 食い殺されるぞ‼︎」
女性と子どもたちは、殺人鬼に遭遇したかのように悲鳴を上げ、その場から去っていく。
「…………な、なんだ、あれ」
乾いた声が獏の口から漏れた。
姫は俯き震えている。
「…………帰りましょう」
消えそうな声。
「……バードケージに………·」
「…………アンキ」
姫の体が大きく震える。彼女はためらいがちに言う。
「……災いの子。有り得ない子ども。だから、闇の姫──闇姫と呼ばれている…………」
「や、闇の姫⁉︎ そんな、どうして……」
「自分たちと違う者を、有り得ない者を、人は……忌み嫌い、恐れる……」
「違う? 有り得ない? 一体、どこが──」
「…………」
「じゃ、じゃあ、君の名前は⁉︎」
「……ないわ」
「⁉︎」
「本当に、ないんです……。名前すら」
「それは、君が……その、闇の姫と呼ばれているから?」
姫は儚く笑った。
「そんな、そんなの……おかしいよ!」
不思議そうに、姫は瞬く。
「絶対、おかしいよっ‼︎」
「勇者様は──どうして、獏という名、なのですか?」
「え? あ、うん……」
獏は 少し下を向く。
「悪い夢を食べる獏のように──誰かを助けられる人間になれ……ってこと、かな」
「……悪い夢を食べる……?」
姫はゆっくりと、そう呟いた。




