五. もう一度君に逢えたら……
「ヒビキ! ヒビキ!」
興奮を隠せない獏を、冷ややかな目で、ヒビキが見ている。
「こんなところで待っているなんて、非常識だぞ、バク」
放課後、小学校の校門前に立っていた獏が、赤いキャップを被りランドセルを背負ったヒビキを見つめる。
「あぁ、かわいい! かわいいよ、ヒビキ!
ランドセルすっげー似合うよ~!」
「……うるせぇ。春には中学生だ。──で? どうだったんだよ」
「ん、ん、ボクね、ボクね、ケータイじゃなくてね、直接逢って、この気持ちをヒビキに伝えたくてっっ‼︎」
「うわっ⁉︎」
獏がヒビキに抱きついてくる。
「わっ、ばか⁉︎ やめろ、誤解される……!」
遠巻きにしていた女子たちが、なぜか嬉しそうな顔で何事か囁き始める。
「ボクね、ボクね、受かったんだよぉ、大学……っっ‼︎」
小学校から近い児童公園の鉄棒に腰かけて、ヒビキは睨むように空を見ている。
そばの地面から半分突き出た感じのタイヤの上に立ち、獏は嬉しそうに話しかけてくる。
「ねぇねぇ、ヒビキヒビキ、何食べる?
コンビニでお菓子買ってきたんだよねー、ボク」
ビニール袋から菓子の箱や袋を出してみせる獏を見もせず、ヒビキは溜め息をつく。
「ガキ扱いすんな。
──どうしてるかな、アンキ……」
「あ、あー……」
獏はタイヤの上から下りて、ヒビキの隣の鉄棒を掴む。
「……檻に入れたりして、嫌われて当然だな……」
「ヒビキ……」
「もう、あいつはさ、オレを召還してくれないだろうな……」
獏は片手で鉄棒を握ったまま、後ろへ──空を振り仰ぐ。
泣きたいようなブルー……
「ヒビキ、ボクさ、こんなんだけど、ちゃんと大学卒業して──何か仕事見つけるから」
教師じゃなくてももういい。
それも一つの選択肢かもしれないけど。
「そしたらさ、一緒に住もうよ?」
ヒビキは何も言わずに空を見続ける。
「……シエル。そう呼んでみればよかった……」
鉄棒を飛び降り、少し歩いて、ヒビキは獏のほうへ振り向く。
「たぶん、おまえはさ、もう一度、あの青いバラが咲く世界に行けるよ」「ど、どうして?」
「……そのときにはさ、シエルに逢いに行けよ」
『もう一度、青いバラが咲く世界に行けるよ』
昼間聞いたヒビキの声を思い返しながら、獏はベッドに横になる。……夜の自室。
……ボクは、結局、シエルを救えなかった……
『気を落とすな。シエルがああいうふうに言えるようになったは──きっと、おまえに逢ったからだ』
だけど、シェルは結局また独りだ。
ううん、もしかしたら、もっと辛い日々を過ごしているかもしれない……
ボクが、鳥だったらよかった。
シエルと一緒にどこまでも飛んでいける青い鳥だったら……
青い、あの可能性に満ちたブルーローズのような空を……
青いバラの咲く世界でも。咲かない世界でも。どこでも。ただ、君と一緒に。
君の手を取って。翔られたら。
……君の選んだ選択。それをボクは覆せなかった。
『……あたしは、あんたの姫になりたい……』
『……あんたに、あたしの勇者になってほしい……』
『……あんたとあたしの子どもが欲しい……』
『……生き物として、これって、どうなのかな……。
他の命を産むことができない……』
ボクは、弱くて、中途半端で、情けなくて、頼りなくて……
『君が大空を羽ばたけるように。シエル』
本当にこれでよかったの?
君の選んだ選択は……
ボクらの差し出した手は……
君とボクらの行方は……
「シエル・・・・・・」
空に舞ったブルーローズ。
それをもう一度拾って、差し出せたら……
バードケージの中で震える君に、差し出せたら……
だけど、たくさん人を殺したからと、殺すからと、君はやっぱりそれを受け取らず、バードケージの中で独りで死ぬ──。
黄緑色の小さな鳥。
……そうなの? ねぇ、そうなの? シエル。
「ボクが青い鳥だったら……」
ブルーローズをくわえて、黄緑色の小鳥に……
「……だめだ、今さら、後の祭りだ……」
小鳥はケージに入って、ボクはこの世界に帰ってきた。
それが現実だ──……
寝返りを打ち、獏は呻く。




