六. さあ、もう一度
「よぉ、獏!」
ラフガが牙を除かせて笑っている。
黄色系のボーイッシュな格好──ヒューマンタイプだ。
「ワリィんだけどさ、また召還されてくれない?」
ラフガが手を差し出す。
「な、なんで?」
「オレは国を幸福に導く光の姫。この『国』っていうのはさ、もちろんバースじゃなくて、オレの国のことだ!」
「う、うん」
「で、オマエは、そのオレを助ける光の勇者。──要するにさ」
ラフガが後頭部を掻きながら言う。
「助けて欲しいんだわ。オレの国がさ、大変なことになっちまって!」「た、大変なことって?
ボ、ボク、役立たずだよ?
ヴァーサス幻術士ってのなら違うかもしれないけど……」
ラフガが獏の両肩を掴む。
「自を持て、獏!
オマエはたぶん──、まだ完全には目覚めていない!
オマエの勇者としての力は、まだまだこれからだ‼︎
そんなモンじゃない」
「ど、どうして、そんなことが言えるんだよ……」
「うちの大神官がそういっている──」
「ダ、ダイシンカン?」
「ついでにいうと、オレの魔法もまだまだ眠ったまま、覚醒していない──らしい」
獏は片類を引きつらせるように笑う。
『もう一度、青いバラが咲く世界に行けるよ』
「……そ、そういうことなの? ヒビキ……」
ラフガが手を伸ばし直す。
「さあ、獏! オレの手を取れ‼︎」
「ち、ちょっと待てよ! 大変なことって、一体……なんだよ?」
「このまま行くとき、戦だイ・ク・サ‼︎
我が大国とほぼ兵力を同じとする東の大国が最近きな臭い。
どうも何やら企んでいるようだ。そこでだ!
陽の姫たるこのオレと、オマエの出番さっ!」
「…………。そ、それって、まさか、大神官さんの預言か何かのせいで、君とボクが──」
「ズバリ、東の大国に潜入し、大戦を事前に防ぐぞっっ‼︎」
「い、いいのかお姫様⁉︎ てゆーかそれって正攻法に和平交渉じゃなくて……スパイッ?」
「我が国において、神のお告げは絶対だッ!」
獏はこめかみを揉む。
「それってとってもデンジャラスなんじゃ……」
「デンジャラスだぞ」
獏は冷や汗を流し、後ずさる。
『シェルに逢いに行けよ』
喉を鳴らして、しかし獏はラフガに近づく。
「……それって、シエルに逢えるの?」
おもしろそうに、ラフガは笑う。
「逢いたいか?」
「──か、限りなく……!」
その答えがツボだったのか、ラフガは大笑いする。
「ウ、ウソウソウソ‼︎ ウソだって‼︎
戦なんて、ウソだよ!
オマエの気持ちを試しただけッッ‼︎
伝説なんてな──所詮、伝説なんだって!」
獏は目を白黒させる。
「っつーか、別にオレは、オマエがオレの勇者じゃなくても、いーんだぜ?
あ、でもマジックキャパシティとかまだまだ伸びるって神託はホント。
それよりさ、今度、シエルの所に行くんだよ、オレ。
──だからさ、」
ラフガはウィンクする。
「来いよな! オマエも‼︎」
ラフガの手を見つめる。ジエルよりも色が濃いけど、思ったより、小さい……。
「……シエルは、ボクに逢ってくれると思う……?」
「何言ってんだよ、当たり前だろ!」
獏は彼女の手を取る。
どこかの広間の魔方陣の上に出現する。
魔方陣の外に、ラフガが腕組んで立っている。
不敵そうに笑っている。
「ようこそ、勇者殿。──なぁんてなッ!」
「遅かったな、バク」
「……はい?」
聞き覚えのある声に後ろを向くと、壁に寄りかかり立っている、赤い瞳に白い髪の少年。
「ヒ、ヒビキ! ……なんで?」
「おまえより先に、ほくが遠されたんだよ」
ラフガは、彼女の横に立っていた男性を手で示す。
「オレは魔法は苦手だからな、大神官様にサポートしていただいたのさ。
──あ、ちなみにここはうちの王城の中の一室な」
彼も類い希な存在──ライオンハーフ──故に魔法使いなのだ。
「バク」
ヒビキが歩み寄ってくる。
「こことオレたちの世界では、時の流れ方が違う。もう、こっちの世界では、あれから二年の時が過ぎている」
「マ、マジで⁉︎」
言われて見ると、ラフガは少し、アダルティーになっている気がする。
ヒビキが言う。
「オレさ、考えたんだけど、シエルがどーっっしても、バードケージから出たくないなら、オレたちもバードケージで 暮らすってのも、一つの手じゃないか?」
「或いは、無理やりバードケージから連れ出すか」
獏とヒビキは笑い合う。
「時の流れが違うならさ、いっそ、この世界でずっとシェルと暮らして、彼女の生の羽ばたきをだいぶん見届けてから、元の世界へ返ってみない?」
「浦島太郎が二体誕生するかもしれないぜ?」
「それとも、ボクらはこのままこの年齢で、そのまま元の世界へ元の時間へ戻れるか。
どうなの? ラフガ?」
獏とヒビキに見つめられて、ラフカは唸る。
「う、うーん……いかがなものでしょうか、大神官様」
大神官は慌てる。
「あ、え、えー……文献を漁ってみないと、いやいや、神の御言葉をお聴きしないことには……」
「もし可能なら、それって、エゴイストのオレたちらしくてよくない?」
「シエルも気に入ってくれるかもね」
「それとも、またキレるかな?」
楽しそうに笑うヒビキと獏を、ラフガは濃いブルーの目を細めて好ましそうに見つめている。
シエルは、小さな村に作ってもらった、小さな塔の窓枠に腰かけている。
その白い指に止まっていた青い小鳥が、ふいに空に羽ばたいてゆく。
悲しそうに蒼穹を見ていたその瞳が、何かに引き寄せられるように、下を向く。
葡萄色の瞳と、茶の瞳が出逢う。
目を見開き、シエルは駆けだす。
幻が増えてしまわないうちに、
もう一度だけ。
扉を開くと、そこに彼が立っていた。
茶色い髪。茶色い垂れ気味の目。人のよさそうな頭に、優しい笑顔。
その胸に飛び込むと、彼は静かに自分を抱きしめてくれる。
温かなぬくもり。
彼は一輪のブルーローズを、自分の手に握らせてくれる。
……香りのある、幻……?
「シェル、逢いたかった……」
シエルは、そっと、獏の頬に手をやる。
「あーぁ、オレたちもいるのに……結局、そういうこと?」
少し離れた所で、ラフガがぼやく。
ヒビキが微妙な表情で、二人を見ている。
ラフガは乱暴にヒビキの帽子に手を載せる。
「オマエも、いい男だぜ、ヒビキ?」
シエルは、片手を獏の頬に当て、片手にブルーローズを握ったまま、言う。
「もう、どこにも行かないで……。
あんたがいなくなって、よくわかった……あたし、あたし……」
「ずっと。一緒だよ、シエル。
ずっと──できるだけ長く、君のそばにいられる方法、見つけたよ。
……でも、ラフガが死んだらボクも死んでしまうから──その直前でボクは元の世界へ帰るし、ボクらはこの世界では──君と一緒には、年は取れないみたいなんだ……こんなエゴなアイディアでも、いい?」
愛する者と成長を共にできず、老いていく。
愛する者と成長を共にできず、死を見届けなければならない──或いはいその前に立ち去らねばならない。
結局、最後には離れてゆく
「オレは、バクよりもシエルと長くいられる可能性高いぜ?
シエルと魂を同じくするのはオレだからな」
「君が、この世界の人々が老いても、ボクやヒビキは今の年齢のままみたいなんだ。
過去に、それと似たできことが、いくつか起こっているって、文献にあり、大神官様の預言もそう告げた。
──案外、外れてるかもしれない。合っていたとしても、ボクらは戻ったあと肉体外の、精神的なブランクを超えて社会にカムバックできるか──、ラフガや君──ボクやヒビキがいつどんな怪我をするか命を落とすかもわからないし、これって、かなり大きな賭ただと思わない?
だけどそれなりに可能だと思わない?
……こんなのは嫌?
それとも、考えの甘いボクらは、やがてそれに耐えられず、或いは、君を置いて、早くに元の世界へ帰ってしまうかもしれない──。
こんな賭けは、嫌?」
「その賭けにあんたが負けたら、どうするつもり?」
「う。うーん……」
「あたしが勝ったら、何をくれるつもり?」
「う……うーん……」
「賭けに負けたら、」
ヒビキが言う。
「オレがバクをブッ殺す」
「お、おい、何言ってんだよ、ヒビキ!
だってさ、それって……」
「すると」
ラフガも言う。
「シエルが賭けに購った場合……」
シエルの葡萄色の瞳が獏の目を見つめ、彼女は彼のその耳に何か囁く。
獏の顔が真っ赤になる。
ヒビキが不思議そうに二人を見る。
ラフガに訊く。
「……なんだ?」
「お子さまには、まだ早いかな」
「だから、何が?」
「え、えーと……シ、シ、シエル、その……」
「何よ、あんたあたしが死ぬ直前までずっと一緒にいてくれるんでしょ?
だったら、その長い間になら、できるかもしれないじゃない!
──あたしの、子ども……‼︎
たとえあんたが途中で帰っちゃっても、あんたとあたしの子ども、残していってくれるんでしょうね……?」
「い、いやぁ、その……それって、勝っても負けても……つまり」
「だったら、ヒビキに殺される?」
「うー……」
見ると、ヒビキまで顔を赤くしている。
「なぁんてね、いいの!
あんたがいてくれれば、それでいいの!
もう一度、逢いに来てくれて……嬉しい……」
シエルは、鳥の羽が軽く触れるような──短いキスを、獏にする。
離れたピンクの唇を見つめ、獏は呆然とする。
少しして、その顔がこれ以上ないほど赤くなる。
ブルーローズを見つめ、シエルは言う。
「この花の、花言葉……『あなたが産まれてよかった』、
──あたしが、産まれたのは……きっと、あたしだけのブルーローズに──あなたに出逢うためよ……?」
泣きそうな顔で、彼女は笑う……
「ねぇ、獏?
あなたが産まれたのは、なんのため……?」
獏はとまどいがちに、彼女の唇に、自分の唇を重ねる。
彼女の耳元で、何か、囁く。
本当に嬉しそうに、シエルは微笑んだ。
──ボクらが大空を羽ばたけるように。
※青いバラは、かつて「不可能」の象徴とされていました。
現在では、青い色合いを持つバラが実際に存在します。
本作では、物語上の象徴として「不可能な青いバラ」という表現を用いています。




