三. 不可能を可能にする花があるなら
シエルはゆっくりと獏に歩み寄る。
獏の手の中のブルーローズに手を伸ばしかけ、ためらう。
「シエル」
獏はシエルを片腕で優しく抱く。
シエルは顔の横のほうにあるブルーローズに、そっと手を伸ばす。
刺は獏が切り落としたのか、ついていない。不自然なバラの茎、そもそも、根から切り離されたこの状態こそが、不自然で。……なのに。
「…………」
シエルはそれを握る。
獏の手がブルーローズから離れ、シェルの白い手に重ねられる。
二人で掴むようにしたブルーローズを、シエルは見つめる。
青い青い花──……
「……あたしは、あんたの姫になりたい……」
シエルはもう一方の手を獏の背に回す。
「……あんたに、あたしの勇者になってほしい……」
「……うん。それから?」
「子どもが欲しい……」
「いっ⁉︎」
獏が赤面する。
「……ほら、有り得ないじゃない……」
「う、う、うぅ~……うーん、うーん……。
それは、要約すると……」
「あたしは、あんたとずっと一緒にいたい。
あんたとあたしの子どもが欲しい……」
「あー……やっぱり、そういうこと……?」
獏は空を仰いで、眉を寄せる。
「一生、浮気は許さない。あたしを裏切ったら即死んで」
獏は力なく笑う。
「つ、つまり、シエルは、家庭が欲しいんだね?
温かな、家庭が……」
「…………言葉にすると、そうなのかも」
「い、いや、前向きで、いいんじゃない?
時を戻せとか、お母さんを生き返らせろ……とかいわれても、さすがに無理だし……」
「………」
シエルは獏を睨む。
「う、う、うんと……」
「責任取ってくれるんでしょうね?
不可能を可能にしてくれるって、言ったわよね……」
「え、えーと……」
想像した。
鳥が産まれてくる……
シエルと自分の子どもの鳥が……
「そうすると、ボクは、……。
日本に、帰れるんでしょうか……?」
正直、日本にはまだまだ未練がある。
「……でも、青いバラがある世界で生きるっていうのも、いいのかもしれないなぁ……。
あ、あはは、だって、こっちの世界だって、幻じゃなくて、現実として今確かに存在してるんだから……あ、あはは……はぁ……」
獏は溜め息をこぼす。
獏とシエルの目が合う。
「あー! ごめんなさぃぃ!
ボクやっぱり、日本に帰りたいみたいですぅぅっっ‼︎」
「……サイテー」
シエルは獏を突き放す。
尻餅をついた獏を、青いバラ片手に蹴りまくる。
「あー‼︎ シエル、ごめん……ッ‼︎
じゃ──じゃあさ、シエルがボクの世界に来るっていうのは、ど、どうよ?」
「……え?」
シエルの蹴りがやむ。
「有り得るの?」
「あー……」
考える。
髪の色はオシャレ。目もカラーコンタクト入れてるってことで……。
いや、よくわからん今のこの黒い目なら、裸眼でも……。
言葉はどうだろう。果たして、あっちの世界に行っても、シエルは魔法使いのままなのだろうか?
だとしたら、魔法で言葉の壁は越えられる。
日本は平和だから、命の危機で暴走することもあんまりなさそう?
交通事故とかには気をつけましょう……。
あとはシエルが意識的に人を傷つけたりしないか……この辺は自分がよく言い聞かせて……暴走してなければ平気か??
しかし、ヒビキに一緒に住もうといってしまった。
なら、ボクとシエルとヒビキの三人暮らし……。
シエルは納得してくれるだろうか? いっそのこと、ヒビキがボクらの子どもってことで……。
年的に無理だろうか。
──それより何より。悲しいかな、ボクはただの浪人生……
「いや、でも大学行って一人暮らしでもすれば……」
で、それから、就職しちゃえば……
あぁ、大不況……
いや、でも、なんとかがんばって……
「少なくとも、一人で部屋に引きこもってるよりも、ずっと、楽しいかな……」
シエルとヒビキがいたら。
獏は瞳を──顔を上げる。
「シエル、すぐには無理だけど……と、とりあえず、一人暮らし始められたら、ど、同居、できるかも……。
ルームシェアリングとかもハヤってるし。な、なんとか……」
親が黙ってるだろうか……
いや、すまないが父さん母さん。
一人暮らし始めて少ししたら、勝手にシエル部屋に入れちゃって……とにかく一緒に住んじまえば、こっちのもんだろう。
仕事見つけたら、ちゃんと父さんと母さんにお金差し上げますから。
お許しください……
そのうちヒビキも一緒に……
「……どうだろう、有り得るだろうか、この穴だらけの計画……」
シエルの手の中のバラを見て、獏は笑う。
「でも、不可能を可能にできるように、がんばるから!」
「──甘い甘いッ‼︎」
気絶していたはずのライオンが起き上がる。
暗獣の間を歩いて、近づいてくる。
「シエル、やめろ、コイツ、危なっかしい。
男が女に優しいのなんて初めのうちだけだ。
それよりも、オレと行こう!」
「なっ──ラフガ!」
獏が不満そうにラフガを見る。
「オレと来い!」
「い、いや、ボクと……!」
獏の手と、ラフガの前足が、シエルに向けて伸ばされる。
もしここにヒビキがいたら、彼も手を伸ばしたかもしれない。
シエルは手と前足と、ブルーローズを見比べる。
そっと、その花を顔に近づけて、甘い香りを嗅ぐ。
伏せた瞳を再び開いたとき、それは、葡萄色に戻っている。
「……あたしは……」




