二. 闇姫か陽姫か
「ん……?」
獏の瞼が震える。
「おはよーう、バーク」
獏の肩を揺さぶるのをやめ、シエルは微笑む。
獏は身を起こす。
「ヒビキ……? ラフガ……!」
ヒビキの姿は見あたらないが、ラフガは気絶したまま、少し離れた場所でシエルの暗獣たちに取り囲まれている。
「……シエル……?」
獏はシエルの黒い瞳を見つめる。
「魔法で癒してあげたわ」
獏の傷も、ラフガの傷も治っている。
服も血に濡れていないし、切れていない……
「あなたたち二人だけを、怪我を負う前のコンディションに戻してあげたの」
「……そんなことが……」
「風の魔法っていうより、時の魔法かな?
ほんのちょっと前の時間の状態にしか直せないんだけどね。
この世界の時間は正常のまま流れてるし。
あたしさ、ほんとはさ、地震起こしたりもできるしさぁ、こんなこともできるしさぁ、普通の回復魔法もできるし、幻術土のヒビキよりすごくない?
本当はあのとき、枯れた花を青く戻すこともできたのよ」
「ボクたちを助けてくれたんだ……?
でも、ヒビキはどこ……?」
「ヒビキは元の世界へ帰ったわ」
「え?」
「あたしさぁ、どーしても聞きたいことがあるのね」
「な、何……?」
シエルが顔を近づけてくる。
獏は腰を落としたまま、少し後じさる。
「あのライオンと、あたし。どっちがいい?」
「え? え?」
獏はライオン──もとい、ラフガとシエルを見る。
「え、えーと……?」
「あのライオン、殺ろうと思えばいつでも殺れる。けどね、獏さ……」
シエルは獏がしていたペンダントを掴み、何か呟く。
すると、光が溢れ、獏の目の前に、剣が出現する。
それを獏に握らせ、シエルは笑う。
「あたしと、陽姫、どっちがいい?
陽姫がいいなら、陽姫のほうに歩いて、彼女のこと助けてあげなよ?
でも、あたしがいいならさ、あたしの手を取ってよ。
それかその剣でさ、あたしのこと斬り捨ててよ」
シエルは立ち上がると、獏に背を向け歩く。
立ち止まって、振り返る。
ラフガは気絶したまま。暗獣に取り囲まれたまま。
獏も立ち上がる。
「何、言ってんだよ、そんなこと……。それに、シエルを斬ろうとすれば、暗獣やかまいたちなんかが出現するって」
「そうね。そうしたら、獏、今度こそ死んじゃうかもね。
あ、いっとくけど、少し前に枯れた花はともかく、死んじゃった人間や壊れた建物なんかは、あたしは生き返らせられないし、元に戻せないからね」
「…………」
「ちなみに、あたしを選んだ場合は、いらない陽姫は殺すから」
「……なんか、いろいろ矛盾してないか?
君は──暗獣やなんかのせいで殺せないし、ラフガが死ねばイコールボクも死ぬんだよ?」
「だから?」
「…………」
獏は溜め息をついた。
「そんなに、君はボクに選ばせたいの?
『陽姫の勇者』であるボクに、アンハッピーエンドでもクリアして──君を選ばせたいんだね……」
獏は陽姫のほうへ振り向く。
「でも、ボクはさぁ……できれば人を殺したくないから、陽姫に死んで欲しくないし、ボクもまだ死にたくないんだよね……」
シエルの目が狭まる。
「つまり、陽姫を取るってことね?」
「でも、そしたら、君はさぁ、たぶん」
獏は握っている剣を見下ろす。
「ボクを殺す、って、言うんだろうね……?」
シエルは身構える。
「えぇ、そうよ、陽姫なんか選んだ漠なんか、殺すわ……‼︎」
「でも、君を選んでも、ボクは殺されちゃうんだろう?」
「…………」
「君は、もう少し、自分の心を生理したほうがいいよ。
何が、したいか、優先順位を決める──って、いうか……。
あぁ、偉そうでごめんね……ボクももこんなこと言えるような人間じゃないんだけどさ……。
つまりさ、どうでもいいことよりもっと大事なことを、口にしたほうがいいっていうか──」
獏は困ったような顔で頭を掻く。
「どういうとき、どういう行動を取るか、考える──っていうか、あぁ、ボクも何言ってんだろうって感じだけど……
たぶんさ、」
獏はウエストバッグに手をやる。
「たぶん、君にはわかってるんじゃない?
君が強く望んでいることが何か。
だったら、それを、もっと具体的に、相手に伝わるように口にしたほうがいい。
それに向かって行動してみたほうがいい」
青いバラを取り出す。
「……ううん、ごめんね。シエル。
ボクが、いけなかったのかな……?
ふがいなくて……」
獏はブルーローズを、その場に立ったまま、シエルのほうへ差し出す。
「強引に君の手を取って、君を空へ連れてゆくような……そんな奴のほうが、よかった?
異世界からやってきてさえ、世界を越えて、君だけを選んでくれるような、そんな奴が、よかった?
君の涙を拭って、悪夢を食べてくれる優しい獏が、よかった?
君を陽姫に変えてくれ、君が産まれた頃に時を戻せる魔法使いなら、よかった?
ねぇ、シエル──」
獏は笑う。垂れ気味の、人のよさそうな頼りないような、その瞳で。
「ボクは日向獏。君は、シエル。──それじゃ、だめ?」
獏は手の中で、ブルーローズを回す。
「それとも、ヒビキのほうがいい……?」
シエルは立ちつくしたまま、言う。
「具体的に言ったら、あなたはそれをかなえてくれるの?」
獏はシエルの目を見ていった。
「──可能なら」
シエルは目を伏せて溜め息をついた。
獏は小さく笑った。
「今、不可能だって、思ったね……?
口にもしていないのに」
「だって……有り得ないわ」
「さて、今、ボクの手の中に、不可能を可能にする花があるよ。
……ボクは、ただの人間だから、なんでもできるわけじゃない。
でも、そもこの花にあやかれるように──ボクも普通なら不可能と一笑することを、今は、少しでも可能にできるように、努力したいと思う。
言ってみてよ、シエル?
案外それは、不可能じゃないことかもしれないよ?」




