二. 消えたプリンセス
「大国のプリンセス、ラフガ様が行方不明なのです」
「ら、裸婦画? それはよい子が見てはいけない類いの……」
「勇者様」
半眼で睨まれ、獏は小さくなった。
「す、すいません……」
青いバラの入った花瓶の載ったテーブルを挟み、二人は座っている。
イスに座り直し、獏は落ちつかなげに辺りに目をやる。くだらないことでも言っていなければ平常心を保てそうにない。
……そ、そんな、ここが異世界なんて。目の前の彼女がこの国のお姫様だなんて。なにより、ボクが勇者なんて……
そ、そんな……
「そんなのって──受験が終わったあとなら、すごい嬉しいんだけど……」
獏は溜め息を隠す。なぜかわからないけど、彼女のことがほうっておけない──力になりたいと思い始めている自分がいる。
彼女は普通に笑っているし、今は気丈な感じさえするのに──なぜか目が離せない。
目を離したら消えてしまいそうな……そんな、儚いような泣きたいような、不思議な気持ちにさせる子だった。
「心配なさらないで勇者様。大丈夫ですわ、勇者様の住む世界とこの世界では時の流れ方が違います。
滞在期間が過ぎれば勇者様は自然に元の世界に戻れますし、そうなった時、勇者様はこの世界に来る前にいた場所に時間にそのまま戻れます」
「あ、そうなんだ? でもなぁ……今はボクにとっても大事な時だからなぁ……」
できれば今すぐ帰りたいんだけど……
「すみません、勇者様。それはできませんわ。
それで、話を戻しますが、ラフガ様は我が国に親善にいらして行方不明になられてしまわれたのです。
ラフガ様は陽姫、祝福の子などと呼ばれる、彼の国にとって至宝たる姫君なのです。
現在我が小国は彼の大国と友好関係にあり、燃料資源等の輸入を受けております。
しかし、もし、我が国に滞在中にラフガ姫が行方知れずのまま──もしもお命を奪われるようなことになれば、彼の国からの輸入が絶たれる、最悪の場合……彼の国と戦争になる──……そういう可能性とて皆無ではな
いのです」
「戦争⁉︎ いや、それはいくらなんでも……」
「──それほどまでに、彼女は王に民に愛されているのです」
葡萄色の瞳に瞬間皮肉げな色が走る。獏は瞬きする。
「……?」
「まぁ、戦争というのは言い過ぎだったとしても、燃料資源等の輸入が絶たれるだけでも、我が国にとって大打撃ですわ」
「もしかして、ボクが召還されたのは……」
「はい。再者様にはわたくしと力を合わせ、ラフガ様を捜していただきます。
ラフガ様の滞在予定が過ぎる二十日後までに、なんとしても彼女を見つけ──救い出しましょう。そのために、巫女姫と呼ばれるわたくし自身の力で、召還の魔方陣を描き、呪を唱え、勇者様を召還したのですから」
召還の儀に耐えきれず、獏は意識を失い、この部屋のベッドに寝かされたそうである。
「う、うーん……。とにかく、二十日したらボクは元の世界に──日本に帰れるんだね?」
「はい」
獏は小さく息をつくと、服──この世界の青灰色のパジャマ──で手を拭き立ち上がり、その手を彼女に向けた。
「わかったよ。仕方ない──」
彼女は不思議そうにその手のひらを見つめている。
「一緒にがんばろう」
少女は葡萄色の目を見開いた。ためらうようにゆっくりと、その手に白い指を載せる。
獏は力強くその手を握る。
光を放つような笑みを、彼は浮かべた。




