ー. ブルーローズ
「……者様」
「勇者様」
「勇者様!」
揺り動かされ、耳元で叫ばれ、獏は唸った。
「う、うーん……」
目を細く開ける。
「お目覚めですね。勇者様」
「……いっ⁈」
目を見開いて、赤面する。清楚で可憐な少女が、ベッドで仰向けに寝ている自分に馬乗りになって、無邪気に微笑んでいるからだ。
「なななにがどうして⁈」
「うれしい」
少女は獏の首に手を回して抱きついてくる。
「うわわわわっ⁈ ちょっちょ──うわぁ、ヤバイよボク!
もももしかして欲求不満⁈」
予備校と、バイトと、自宅勉強──。
健全すぎる(?)生活が生み出した禁断の妄想かっ⁈
「だだだめですっ! ボクすでに一浪してるんです! 今度こそ受かんなきゃだめなんですっ!
こここんな嬉しいしい──いや、ふしだらなコトしていちゃイケナイんですっ!」
なるたけ少女を見ないようにし、その肩を押し戻し、獏は急いでベッドから跳び降りる。
目をきつく瞑ったまま、念仏代わりに英単語や、古典の活用語なんかを唱えまくる。
「勇者様??」
「あああ、ボクのバカバカバカ‼︎ こんなコト考えてる場合じゃないよ! 悪霊退散妄想退散‼︎」
「勇者様?」
不安そうな少女の声が近づいてくる
「ああっ、わかった! ゲーム断ちがいけなかったんだ! だから、あんな黄緑色の髪に葡萄みたいな目の色の美少女の幻なんか見ちゃうんだっ‼︎
ああ、ゲームやりて~つっ‼︎」
「……勇者様??」
少女の白い手が自分に伸ばされる。復は目を瞑ったまま、宙を両手で掻くようにして、少女を自分に近づけさせない。
「ダメだダメだダメだっ‼︎ ゲームはダメだっ‼︎ ボクはすぐハマっちゃうんだっ‼︎ あんな大人が仕組んだソラゴトのワナにウツツを抜かしてる場合じゃないんだっ‼︎ センター試験だって近いんだよハッキリいって‼︎!」
「勇者様、お目を開けてください」
「イヤダ」
「勇者様、落ち着いて。その……手を振り回すをおやめになって」
「イヤダ‼︎」
「勇……やめろっつってんだろコノヤロー‼︎」
いきなり乱れた低いセリフに、獏は思わず固まって目を開けた。
少女は何事もなかったように優雅に微笑都。
「ようこそ、勇者様。お会いできて光栄です」
「…………っ」
「どうかしました?」
「……い、今なんか、変な声が……」
「さぁ? なんでしょう?? わたくしには聞こえませんでしたわ」
小首を傾げてかわいらしく両手を合わせる少女を、獏は疑わしげに見つめた。
「……ところで、勇者様。今がどういう状況だか、おわかりになられて?」
「ハ??」
「とりあえず、ご自分のおられるお部屋を見回してご覧になって」
「? ──ええ”っっ⁈」
獏は驚いた。
石造りの壁や天井や床。ゴージャスなアンティークっぽい家具の群れ。
ウッドなワードローブとか、シルクっぽいカーテンなんかに触れてみる。……確かな手応え。
暖炉では炎がはぜている。シックなテーブルの上に飾られた花瓶に入った青いバラのいい香り。これは……。
「すごい……ボクの妄想もも大したものだ。
視覚・聴覚・嗅覚・触覚が生きている。あとは味覚にクるものがあればカンペキだっ!」
「ねぇ。勇者様。いい加減にお認めになって。これは妄想ではありません。もちろん夢でもありませんわ」
「あ、あはははは。そんなことあるもんか。その証拠にこの青いバラ!
英語でBlue Roseといったら、有り得ないこととか、不可能な相談とか──そういった意味なんだ。
青いバラを夢見て、たくさんの人たちが交配させたり遺伝子操作したりしてるけど、結局まだ誰も鮮やかなブルーローズは作れていない。
青いバラは不可能なことの象徴なんだ」
「まあ。そうなんですの? でもそれは……」
「……っていうか、なんだよソリャ⁈ ヤバくないかボク‼︎ これが夢だとしたら──夢占い的にこれってどうなんよ??
不可能って不可能って……受験生には不吉すぎる単語だよっっ‼︎」
滂沱する獏に少女は微笑んでみせた。
「いえ。不吉とは限りませんわよ?」
「そう? そうだよね! 逆夢かもしれないし、青いバラの項目なんて夢占い本にないかもしれないし、そもそも夢占いなんて──」
「はぁ。よくわかりませんが、その、勇者様の仰るとおりなら……その不可能なバラが存在するこの世界は……それこそ、なんでも実現できるユートピアかもしれませんわよ?」
「そ、そうだよね! 逆にゴーゴー実現、つまり大合格って意味かもね⁈
いやぁ、ボク好きだなぁ、そういう前向きなコ」
獏は元気になって、青いバラの花を撫でた。後ろで少女が漏らした呟きは、彼の耳には届かない。
「……楽園なんて、それこそ有り得ない」
青バラの香りを楽しむ獏に、少女はおもむろに近づく。
「勇者様、もうおわかりになられて?
もう一度言います。これは夢でも妄想でも、幻でもない。────現実ですの。何をしようと、何を思おうと、決して変わらない、現実──なのですわ……」
少女が彼の背に腕を回し、抱きつく。
獏は掴んでいたバラを一輪落とした。
「でも安心なさって。……あなたには、わたくしがいるから………」




